そういう目で近所を見ると、庭がやたらとゆったりして大きな木が「無駄に」わさわさ茂っているのは、どれもこれも古い家ばかりである。なるほど昔は土地の値段のことなどそれほど大問題じゃなかったんだな。っていうか安かったんだろう。土地はシンプルに土地であり、せっかく敷地があるんだから庭が欲しいよね、木も植えたいよねっていうのが、ごく普通の感覚だったのだ。今にして思えば実に贅沢(ぜいたく)なことこのうえない。我々は昔よりずっとオカネモチになったはずなのに、現実にはなぜか身動きが取れなくなってしまっている。
で、そのような古い家がある日取り壊され、近所の噂(うわさ)では、前の住人が亡くなったらしいと。そして無駄な木はことごとく切られてワンルームマンションが立つ。世代交代とは東京から緑が消えていくことなのだ。
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
※AERA 2022年1月17日号