経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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前回の本欄で、日銀の金融政策について「ついに正念場がやってきた」と書いた。
米国の連邦準備制度理事会(FRB)が金融大緩和スタンスを転換し、本格利上げへの準備に入った。それに伴う日米金利格差の拡大観測が、日本からの資金流出と円安進行をもたらした。だが日銀はひたすら利上げ回避を続けなければならない。前回は、この外患深き日銀の姿に着目した。
ところが、ここにきて日銀を追い込んでいるのは外患だけではなくなった。内憂も深まっている。物価上昇圧力が高まっているからだ。円安と資源高が効いている。2021年12月の企業物価指数は前年同月比8・5%上昇した。企業がこのコスト高にどこまで耐えて、販売価格への転嫁を見送ることができるか。厳しい局面だ。食品業界の中には、既に値上げを予定しているメーカーも出始めている。
この調子でいけば、ひょっとすると日銀の政策目標である「消費者物価の前年比2%上昇」が実現してしまうかもしれない。日銀がこの目標を掲げたのが13年1月。それから9年が経過している。テコでも動かなかった消費者物価が、ついに動き出す気配を示しているのである。悲願成就の日、近しか。
だが、この悲願が成就すると、実は大変なことになる。物価目標が達成されたとなれば、日銀は、現在展開中の「異次元緩和」を止めなければならない。2%の物価目標を達成するための異次元緩和なのであれば、これは当然だ。
その日が来たとき、日銀はどうするつもりなのか。筆者は、異次元緩和が打ち出された当初から、これを考えてきた。日銀による国債の大量購入が、本当に物価目標実現のためなら、ゴールインしたところでの打ち止めが当たり前だ。だが、本当の狙いが国債の買い支えなのであれば、打ち止めはできない。
現に、1月18日に行われた日銀金融政策決定会合後の記者会見で、黒田東彦総裁は「一時的な物価上昇に対応して金融を引き締めることは全く考えていない」「利上げは議論も全くしていない」と全否定モード一辺倒だった。どこまで、これで切り抜けられるか。内憂も外患も、待ったなし感が濃厚になっている。
浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演
※AERA 2022年1月31日号