室井佑月・作家
室井佑月・作家
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 作家・室井佑月氏は息子を持つ母として、東大前刺傷事件を起こした少年の更生を願う。

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 1月15日、名古屋市の高校2年の少年が、東京大学前の路上で、共通テストを受けに来た高校3年の男女2人と72歳の男性を刃物で切り付けるという痛ましい事件が起こった。17日の「テレ朝news」では、

「警視庁によりますと、少年は逮捕時の取り調べで『医者になるために東大を目指していたが、成績が上がらず自信を失(な)くしていた』『医者になれないなら自殺しようと思った。自殺する前に人を殺して罪悪感を背負って切腹しようと思った』などと供述しているということです」

「警視庁は、少年が学業で悩みを抱えていたとみて捜査しています」

 心が不安定だったのだろうか。まったく関係のない人たちを刃物で切り付けるという発想はおかしい。

 あたしも息子を持つ母だ。この事件で人の命が失われなくて、本当によかったと思う。親であるあたしが考えることは、もし息子が事件を起こしたら、そしてもし息子が被害にあったら、その両方だ。

 子を育てた経験と、自分の当時の記憶に頼れば、17歳前後というのは、非常にデリケートな時期だ。でも、みんなそこを乗り越え大人になる。

 この少年は、無抵抗な人を刺し、道を踏み外してしまったけれど。この先の彼の人生は長い。更生できるのなら更生してほしい、といったら被害者に100%寄り添えと怒られるだろうか。

 しかし、被害者やその家族だったとしても、あたしはこの少年が、心の病であるならきちんと治療し、施設(少年刑務所や少年院など)で自分のしでかしたことと真摯(しんし)に向き合って欲しいと思う。(被害者やその家族だったと想像して)自分の心の了解が得られるなら、一つの物事の区切りとして、少年に謝罪を求めたくなるかもしれない。

 なにごとも時間だ。もちろん、被害者たちの絶対に許さないという感情も、少年は受け入れなくてはならない。被害者側にそのどちらをも選択できる余地があるというのは、少年にとってギリギリラインの救いであるかもしれない。

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