伊達政宗にしてもインディオの精霊にしても、共通するのは、僕の旅先で遭遇した人達です。このような体験は内外の旅先でも、何度か遭遇しています。いつか「私だけの遠野物語」みたいな本を書いてもいいかなと思うのですが、きっと相手にされないでしょうね。

 現在、神戸の横尾忠則現代美術館で「恐怖の館」展が開催中です。そこに前記の伊達政宗とインディオの精霊の出現の絵を描いた作品も展示されています。

 と、ここまで書いた時、担編の鮎川さんが神戸まで行って開催中の「恐怖の館」展を見て来たと話されました。そしてその夜、夢を見られました。鮎川さんが展覧会場でご覧になった僕の「夢の邂逅」と題する絵の中に描いた伊達政宗が夢の中で鮎川さんに「大丈夫、大丈夫」と声を掛けたというのです。何か気になっていることがあったのですかね。夢をツールに伊達政宗が僕の絵を介して鮎川さんと僕を結びつけました。こういう非現実的な「夢のような」話にこそ現実の豊かさがあると思うんですが。

 僕は52年間、ずっと夢日記を書いていて、2冊の夢日記を出版しています。僕にとって夢は夜の現実です。昼間の顕在意識と夜の潜在意識が統合されて、自分という人間が存在しているのです。人生はフィクションとノンフィクションが分け難くひとつに結びついて、死をゴールに生きています。

 ロマン主義者にとっては夢も死の一部です。神秘主義では眠っている間に肉体からエーテル体が離脱して死後の世界を訪れるといいます。そこで死者と会って、エーテル体が肉体と共に待機していたアストラル体と合体して目が覚めるのです。死後探訪の体験は目覚めと同時に忘れます。だけどわれわれは知らないままに死後の世界を経験しているのです。

 僕は夢を絵にしたのは、今日話した伊達政宗とインディオの精霊の2点だけです。でも他の作品にも無意識に夢が絵に関与して創造を助けてくれているような気がします。肉眼で見えないものを描くというのが芸術行為だとすれば、夢は僕の作品に大きい働きをしてくれています。昼の人生と夜の人生の二つの人生を生きているという認識を持つことで、僕は人生を二倍楽しんでいるような気がします。

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰

週刊朝日  2022年2月4日号

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