イラスト/さとうただし
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 20歳を過ぎると、家督相続の有無に拘らず嫁取りの話となる。嫁は自分と同じか、少し上の家禄を持つ武士の家から迎えるのが通例である。裕福な商家の娘を迎えることも珍しくない。家計が苦しい家にとり持参金は魅力的だったからだ。だが、武士と商人では身分違いであるため、武士の養女としてから嫁に迎えた。

イラスト/さとうただし
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 武士の場合は、結婚には主君の許可が必要とされた。逆に離婚の場合も、結婚を許可した主君に届け出て、その許可を得る形が取られた。

 嫁取りの次は家督相続の運びとなる。家督を継ぐにも婚姻と同じく主君の許可が要件だったが、家督を相続しても役職に就けるとは限らない。逆に相続せずとも役職に就く事例は少なくない。当人の能力次第だった。

 幕臣にせよ藩士にせよ、役職に就けない者の方がはるかに多かった。役職に就かずとも家禄は保障されており、何とか生活することはできたが、家禄を増やすには役職に就くしかなかった。そのため、就職活動は熾烈なものにならざるを得なかった。

 50代に入ると、家督を譲って隠居の身となる事例が多くなるが、隠居と家督相続はセットになっており、これもまた主君の許可が必要だった。家禄は家督とともに跡継ぎに譲られたが、隠居後も役職にとどまる事例もあった。その場合は別に手当が支給された。

 隠居後も長く生きる事例は珍しくなかった。泰平の世であったこともその一因だった。

週刊朝日ムック『歴史道 Vol.10』から