敵対する若者たちが和平のためのオーケストラを組む。実在の管弦楽団に触発されて物語を紡いだドロール・ザハヴィ監督。分断の時代に希望はあるか。AERA2022年2月7日号の記事を紹介する。
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敵対するイスラエルとパレスチナの若者たちが混合オーケストラを組む姿を描いた「クレッシェンド 音楽の架け橋」。イスラエル生まれのザハヴィ監督は“世界で最も解決が難しい”とされるテーマを、スリルやラブストーリーまで盛り込んだエンターテインメントに仕上げた。
「物心ついたときから両者の対立に関心を寄せてきました。本作は1999年にユダヤ系の指揮者ダニエル・バレンボイムとパレスチナ系の米文学者エドワード・サイードが中東の壁を打ち破ろうと設立した『ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団』がモデル。演者もユダヤ人とアラブ人の演奏家と俳優からキャスティングしました」
■負の感情まで受け継ぐ
音楽の名のもとに集まった若者たちは互いを敵視し、演奏どころか取っ組み合いのケンカを始めてしまう。現場でも混乱は起きなかったのだろうか?
「実は彼らの関係は映画とまったく同じ経過をたどりました。最初は互いへの猜疑(さいぎ)心や恐怖心があり、葛藤やぶつかり合いもあった。映画と同じように、ユダヤ人とアラブ人のグループに分かれて座っていたんです。しかし8週間、同じホテルで暮らし、ゲームや食事、そして演奏を通じて次第に分かれていたグループがミックスされていきました。映画さながらの恋愛トラブルも起こったんです。多くはなかったですけどね(笑)」
映画で彼らはワークショップを通じて憎しみをぶつけ合う。ここで彼らの敵意のもとが、祖父母に聞かされてきたつらい体験であることが明らかになる。歴史を語り継ぐ行為には続く世代に怒りや憎しみ、負の感情までも受け継がせてしまう側面もあるのか、とハッとさせられる。
「あのシーンでこの紛争の“核”を表現できたのではと思います。アラブの人々にとって問題の根源には、強制的に自分の土地から退去させられ、70年以上も家に戻れず難民になってしまったことがある。ユダヤ人側には第2次大戦中に600万人もの同胞が命を落とし、やっと自分たちの国を手に入れて安全に暮らせると思ったのにそこで諍(いさか)いが起こってしまっている状況がある。この複雑な問題を解決することは不可能なのではないか、とすら感じますが、しかし変化は起こっていきます」
衝突を経てひとつになっていく彼らの演奏が胸に迫る。しかし現実を反映するかのように、映画の展開は決して甘くない。