この記事の写真をすべて見る  クリニックのスタッフら25人が犠牲になった大阪ビル放火殺人事件。通院者の一人で精神疾患を抱えていた容疑者を追い詰めた背景、そして精神の病気に回復に大事なこととは。AERA 2022年2月14日号で、精神科医で当事者の夏苅郁子さんが語る。

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 私は友人から「家族・当事者・精神科医のトライアスロンをやってきたんだね」と言われたことがあります。統合失調症の母と向き合った家族であり、私自身は青年期にうつ病と拒食症を経験しています。今は児童精神科医として、やはり医師である夫と開業した診療所で働いています。

 一連の報道で、事件のあった場所にお花を手向け、手を合わせている人の姿から、「この人たちも事件の被害者なんだな」と改めて思いました。患者さん同士の結び付きの強さも感じました。診療所の待合室やリワークの場が、一つのサロンになっていたのでしょう。同時に、あらゆる角度から考えを巡らせました。容疑者を追い詰めたのは何か。社会の側に問題が潜んでいなかったか。幼少期からの地域の環境や医療体制はどうだったか、と。

 私は精神の病気の回復には、三つの要素が大事だと考えています。

 第一に、偏見のない社会。私は、人が一番参る根本の原因は、孤独だと思っているんです。私自身、青年期に2度の自殺を図りましたが、病気を深めたのも、孤独からでした。最近、全国各地に認知症カフェが出来ましたが、精神疾患カフェというのは、ほとんど耳にしません。偏見の証しです。私は、今でこそ自分の病も家族歴も公表していますが、多くの人は簡単には、「私、精神疾患になっちゃってさ」と言えないわけですね。ましてや今回のような事件があると、「恐ろしいんだね」と誤解が生まれがちです。私は精神科医という自分自身の立ち位置から、社会の偏見を是正する活動を続けていこうと考えています。

 第二に、待つ力。これは本人以外の、周りの人にとっても大切です。私は7年にわたって治療薬を飲んでいました。今は家庭を持っていますが、当時は家庭なんて持てないと思っていたし、ましてや親になんかなれないと思っていたんです。暗い顔をしてため息ついてでも、生き続けてきて今がある。「死にたい」と思ってもいいし、くよくよしたっていい。「時の薬」があるよと、多くの人に伝えたいです。

 第三に、語る力。私は、同じような家族歴のある人と語ることが治療になったと実感しています。以前は、身をひそめるように生きてきましたが、今は全国を飛び回って講演して歩いている。ここまで元気になれたのも、出会ってきた「人の薬」のおかげです。

「時間薬」と「人の薬」は、専門家でなくても処方できます。病院も薬も要らないのです。

AERA 2022年2月14日号

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