かつてのキリスト教でも、キリシタン邪神論みたいなことをやられたわけです。属性排除です。では、属性排除とは何かといえば、キリスト教だからダメなんだということです。○○だからダメなんだというレッテルを貼るのではなくて、具体的な行動のどこに問題があるかというところで批判しないといけない。その人たちの思想心情に関しては、敬意を持って扱わなければいけないのに、その仕分けができなくなってきています。
カルトと一般の宗教の線というのは、虹のスペクトルみたいになっていて分からないんです。ですから、そこでは心情ではなく行動を見るんです。1億円の献金をして自己破産するというのは、社会通念に照らしておかしいですから、そこは批判しないといけません。
■賛否両論がある国葬
──旧統一教会の「友好団体」と関わりがあった安倍元首相の国葬については、賛否両論があります。
これについては、私は安倍さんをよく知っていますから、あまり中立的ではないと思います。安倍さんには日ロ交渉の業績がありますし、私は元外交官です。外交官の視点から見ると、国際社会からこれだけたくさんの弔意が来ていることを考えれば、国葬だと思います。つまり、日本の国葬のハードルは非常に高いということです。
違う考えの人がいることもよく分かります。(元首相の)吉田茂だって沖縄を切り捨てたわけです。そういう人の国葬がどうだったのかと、いくらでも言えますし、政治家については必ず評価の対立があるのです。
報道ベースでは、党内の保守派に岸田(文雄)首相が配慮したのではと強く打ち出されていますが、むしろ要素として強いのは外交でしょう。
ただ、国葬となると大変なんです。外務省は準備事務局を設置しましたが、国交のある国など195カ国・地域に通知を出し、参加者を取りまとめなくてはいけません。これが何を意味するのか。例えば、安倍さんはロシアとの関係が深いから、プーチン自身は制裁で来られなくても名代で誰か来るでしょう。政府は大変な宿題を背負ったなと思うわけです。
(構成/編集部・三島恵美子)
※AERA 2022年8月8日号より抜粋