カンニング竹山さん(撮影/今村拓馬)
カンニング竹山さん(撮影/今村拓馬)
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 2011年3月11日に起きた東日本大震災から11年。当時から何度も福島に足を運んでいるお笑い芸人・カンニング竹山さんが11年目に考える「復興」とは? もっと楽しく考えるべきではないかと提言する。

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 先日、福島にロケに行った地元の放送局の番組の放送は来週ですが、11日に放送される震災の番組にはなんかかんだで出演させてもらっています。

 僕が前から一貫して言っていることですが、震災の記憶を「風化させない」みたいに取り組むと、面倒くさいじゃないですか。風化させないと言われても受け取るほうも難しい。例えば、東日本大震災を東京や神奈川で経験した人は、それに対して「復興」と言われても、正直わからないというのが本音だと思うんです。震災直後から何度も福島に足を運んでいる僕でも本音を言えばわからない。

「風化させない」「東北を見つめ続ける」とか言うと、何をすべきなのかわかりにくくなってしまう。一番いいのは、遊びに行く旅先やスーパーで買い物するときの選択肢のひとつに福島および東北地方を入れるってことだと思っている。

 それは、仙台に観光に行くのでもいいし、岩手の温泉でもいいし、福島でもいい。それを1回でも何かに取り入れたら十分だと思うんですよ。何かをやってあげたりじゃなくて、大事なのは自分が楽しむということだと思うんですよ。そう考えることで、少しはラクになるじゃないですか。「何かやってあげたい」と思うかもしれないけど、被災地もやってもらおうとも思っていない。東日本大震災から11年も経つと、もう、そういうことじゃないと思うんですよね。

 スーパーマーケットで東北地方の物を多めに買ってあげているという人もいて、それはそれで素晴らしいことだとは思うんだけど、無理してそれをやっていても続かないよ。だから、「俺たちがやってやろう!」という考えは持たない方がいい。自分の楽しみの中の選択肢の1つに入れてみませんかという考えだけでいいのではないかと思う。

 僕は「震災から11年も福島に通い続けて偉いですね」と地元の方に言われることもあるんですが、そういうことじゃないです。「ただ、遊んでいるだけですよ」ってことで、もっともっと、そういう考えで関わっていけたらいいなとずっと思っています。

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復興は長期戦だからこそ無理したら続かない