元朝日新聞記者 稲垣えみ子
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 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 スマホの買い替えでトラブルに見舞われた稲垣さん。問い合わせツールのAIチャットボットや電話の自動音声案内に四苦八苦したその後の出来事をお届けします。

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 スマホの機種変更だけで「ほぼ灰」になった件についてしつこく書いてきた。今でさえこうなら老いてますます苦しみは増すに違いなく、だがお国もマスコミもデジタル化で日本は救われるというばかり。救われる日本。救われない私。我が未来は絶望的だ。どうせ絶望ならやることやって死んでいきたい。

 なので実は事態の途中から、圧倒的戦力を誇る敵に対し個人的ゲリラ戦を挑んだので、今回はそのご報告である。

 戦いの目的は一つ。「ニンゲンを取り戻す」ことだ。だって何が苦痛だったって、なかなかニンゲンと会話できなかったこと。お決まりの機械音声でエンドレスな質問に延々と数字をプッシュして気が遠くなった頃にようやく出てきたニンゲンがなぜか機械のよう。やはりエンドレスな定型質問を繰り返し、その度に「しばらく」待たされ、揚げ句、別の電話にかけろと言われた時は思わず「理由を説明してほしい」とキレたね。するとニンゲンは口ごもり何を聞いても「申し訳ございません」を連発。まるでペッパーくんじゃんと思ったところでハタと気がついた。

近所の梅が一気に咲き始めた。いつも思うが自然は何があろうとただただ着実。見習わねば!(写真:本人提供)
近所の梅が一気に咲き始めた。いつも思うが自然は何があろうとただただ着実。見習わねば!(写真:本人提供)

 そうかこの人も困っているのだ。相手を怒らせることは十分承知で、でも個人の力ではどうしようもない「巨大なもの」の都合に振り回されているのだ。つまりは私と一緒。急に親近感が湧いてきた。我ら戦友なのである。

 イライラしてる場合じゃない。ここは相手を励ますところだ。それからは誰が出ても、わかりました、ちょっと待ってくださいネ……などの軽妙な合いの手できっとささくれ立っているはずの心を和ませようと全力。やっと問題が解決して最後に相手が自分の名前を名乗った時は、あ、〇〇さん本当にありがとうございました助かりましたと頭を下げた。すると電話の向こうでたじろぐ気配があり、少しつっかえながら「寒い日が続きますのでイナガキ様もどうぞお体に気をつけてお過ごし下さい」と返ってきた。思わず笑うと向こうからもクスリと小さな笑い声が。私は何かに勝利したのだと思った。

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

AERA 2022年3月14日号