映画のタイトルは、「世の中にたえて桜のなかりせば」。もしこの世の中に桜がなかったら、春を過ごす人の心はどれほどのどかだろうか。人の心を狂わせるまでに桜の花は魅力的だと歌った歌だ。

「病身の妻を抱えて、終活を考えている一人の老人の私が、終活アドバイザーのアルバイトをしている17歳の少女・咲と出会うことから物語は始まります。咲は不登校で、二人の年の差は70歳ほどもある。なのに、お互いの境遇を思いやり、2人の出会いに、さらに何人かの人が絡むことで、ほんのり桜を感じてもらえるような映画になっています。ゲラゲラ笑う映画でもなければ、ハンカチを持って、さめざめと涙を流すような映画でもない。現代の日本で普通に暮らしている人たちの姿を描いているだけ。ただ、どんな環境に置かれていても、人間は蠢(うごめ)いているんだぞということを表現していきたいなと」

 ダブル主演を務める17歳の咲を演じたのは、乃木坂46の岩本蓮加さんだ。

「方々に募集をかけて、書類選考などを進める中、岩本さんがいいということになって、お声がけしたら、大変驚かれて、『映画出演は初めてですが、大丈夫ですか?』と聞かれました。でも、芝居はキャリアではないのです。実際の岩本さんは、撮影に入っても、おどおどせず、いい意味で図太かった。私と一緒のシーンでは、一度もNGを出さなかった。最近の撮影では、カットがかかると大抵の人はすぐモニターのところに行って、自分の芝居を確認するわけです。でも私たちの時代は、自分の芝居なんて確認できなくて、『監督がOKといえばOKなんだ』と監督を信じるしかなかった。今はデジタルだからすぐ見られるのに、岩本さんは、その旧態依然とした僕ら世代と同じように、監督がOKというまでじっとしていた。とても好感が持てました(笑)」

(菊地陽子、構成/長沢明)

宝田明(たからだ・あきら)/1934年、朝鮮・清津生まれ。2歳の頃、旧満州に移る。ソ連軍の満州侵攻による混乱の中、右腹を銃撃され死線をさまよう。53年、俳優デビュー。映画の代表作は「ゴジラ」「香港の夜」「放浪記」など。舞台俳優として2012年に文化庁芸術祭大衆芸能部門大賞を受賞。自らの戦争体験を元にした音楽朗読劇「宝田明物語」を企画。近著に『送別歌』(ユニコ舎)。

週刊朝日  2022年4月1日号より抜粋