10年近く東風と付き合いのある森さんはどう思っているのか。わたしが変わっていると思ったのは、たとえば配給作品を決めるのにトップダウンではなく、「社員全員の合議」で決めている。そのぶん時間もかかるのだが。あるいは、ひとまわりほど年下の社員が代表の木下繁貴に軽口を言っていたりする場面などをあげていくと、森さんはオウムの麻原彰晃と信徒、連合赤軍の森恒夫や永田洋子と兵士たちのタテの関係を例にあげて語りはじめた。
「連赤の話でいうと、永田洋子が森恒夫にスパイが二人いるんだけどと、二つの組織が合同する前に相談したときに、森はそういうのは処刑するべきだと言った。森にしたら虚勢を張ったつもり、まさか真に受けるとは思わなかったんだろう。後日、永田が森に会い、二人を処刑したと報告するんだけど、森は永田がいなくなってから坂東(國男)と植垣(康博)ら側近に『あいつら頭がおかしいんじゃないか』と言ったという。これは植垣さんから聞いた話だけど、とてもシンボリックなこと」
連合赤軍の話にすこし説明を加えると、あさま山荘の銃撃戦の前の段階で彼らは同志である仲間を12人、山岳アジトで殺していた。成立の異なる二つの組織が合体し互いに主導権を争うなかでの出来事。理想の社会を作ろうとした若者たちが犯した失敗だった。
「つまり、人はたとえどんなに少人数であっても、そこにヒエラルキーができあがってしまう。それが最悪なほうに働いたわけで。そうした権力欲のようなものが東風の彼らには全然感じられない。それがアサヤマさんがいう居心地のよさなんだろうな」
『人生フルーツ』(2017年、東海テレビ放送、観客動員26万人)、『ペコロスの母に会いに行く』(13年、森崎東監督、10万人)、『主戦場』(19年、ミキ・デザキ監督、7万人)、『FAKE』(5万5千人)、『ヤクザと憲法』(16年、東海テレビ放送、4万人)。
◆ソフトな代表とおっとり社員
2009年の会社設立から「東風」が扱ってきた作品群の中からヒット作を5本あげてみた。認知症の母の介護をつづった漫画を原作とする劇映画『ペコロス』以外はすべて邦画のドキュメンタリーだ。ほかにも、「光市母子殺害事件」で世論の非難を浴びる弁護団に密着した『死刑弁護人』(東海テレビ放送)、東京近郊で暮らす難民の暮らしを描いた『東京クルド』(日向史有監督)、小さな精神科診療所に通う患者と医師を追った『精神0』(想田和弘監督)など、東風が配給してきたドキュメンタリー作品は80を超える。