「金策に困り果てたオジサンが、カメラの前でディレクターに土下座をする映画なのにねえ。木下さんと『勝ったね』と笑っていたんですけど。つまり人間の感覚は変わるともいえるし、面白いものはいつかは受け入れられるということでもある」
大槻が阿武野に「何作やるの?」と尋ねた裏には、続けていけばリベンジも可能という希望的な読みもあったのだろう。
近年、東風の名がメディアに出た作品に、従軍慰安婦論争を扱った『主戦場』がある。日系米国人のミキ・デザキ監督が左右27人の学者や論客たちにインタビューしていったドキュメンタリーだ。一部の出演者から上映中止と、「歴史修正主義」と紹介されたことで名誉を毀損(きそん)されたと損害賠償を求める民事訴訟を起こされ、デザキ監督と共に東風も「被告」となっている。
◆ピンチのとき監督と共に闘う
『主戦場』が劇場公開されるまでの経緯をシアター・イメージフォーラム(東京・渋谷)の山下宏洋支配人はこう語る。
「私が海外の映画祭で観て、監督に直接連絡をとったら、東風さんで話が進んでいるというので、すぐに電話したんです。ドキュメンタリーを手掛ける配給会社がそんなに多くはないのと、東風さんがやるのなら、うちとしても頼もしかった」
山下もまた木下とは東風を設立する前からの付き合いで、これはという作品を東風に紹介する仲だという。
『主戦場』の公開時に右翼団体が劇場に押しかけたこともあるが、事前に東風と会議を重ね、木下もまた劇場の近くの渋谷警察署に足を運んでいる。
山下によれば、「うちが独立系の映画館ということもあって、いろんな独立系の配給会社さんとお付き合いがあるんですけど、個性の強い人が多いんですよね。配給の仕事は作品を買い付けるところから始まることもあり、トップダウンで決めていくところが多い。だけど、木下さんをはじめ、そういう存在が全然感じられないのが逆に東風さんのカラーかもしれない」。