ですから文学作品に「新学期が始まった」という一文が書かれていたら、日本の読者とアメリカの読者では頭の中に広がる空、吹く風がまったく異なるということです。読者の頭の中まで責任はもてないので、翻訳するとなると難しい作業だなと思ってしまいます。

 ただ4月上旬と9月上旬は、比較的過ごしやすい気候であるという意味では共通しています。冷房・暖房がなくても快適だし、コートも日よけ帽も必需品ではない(必要な地域の方がいたらごめんなさい)。日本で4月に新学期が始まるのは国の会計年度に合わせたから、欧米が9月始まりなのは農業の繁忙期が終わって働き手の子どもたちが学校に通えるようになる時期だったから、といわれていますが、結果的にどちらも厳しい気候が落ち着いてほっとひと息つける合間に新しいことを始めるようになっていると感じます。

 新学期は、とてつもなく大きなストレスがかかるタイミングです。まっさらなノート、ピカピカの服やバッグに心躍る一方で、新しいクラスメートや先生に出会う不安と緊張は、大人になった今でも覚えているくらいです。子ども時代なんて学校が世界のすべてでしたから、新しい世界で生きていけるかどうか、まさに命がけで新しい教室に一歩を踏み出していたように思います。

 そんな過酷な環境で、せめて気候だけは穏やかに、命がけの挑戦者たちを迎えてくれる。なんて喜ばしいことでしょうか。新しい環境に飛び込んでいく勇者たちに、幸あれ。この4月、わがやの長女は小学校に入学、長男は幼稚園に入園します。母として、春うららな空気のようにあたたかく背中を押してやろうと考えています。

〇大井美紗子(おおい・みさこ)/ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi

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