元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。
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長らく会っていない遠方の知り合いにメールをしたらすぐお返事があり、用件とは別にあれこれ近況を知らせてくれた。こういうのがしみじみ嬉しいコロナ時代。
それによれば、長くお休みしていたお稽古事を再開し、思い切って発表の場に出たらとても清しかったそうで、弾んだ息遣いを想像して思わずニコニコする。
にしてもハッとしたのが「やりたいことは先延ばしせず今やろうと思って」の一文。「いつミサイルが飛んでくるかわからないし大災害があるかもわからないし、コロナだってこの先どうなるか全然わからない」。確かにそうだ。1カ月前まで「コロナさえなければ」と思っていたらいきなり核戦争の危機。全くどうしてこうも次から次へと……なんて言ってる場合じゃなく、よく考えたらどれもこれも我ら人間が長年かけてコツコツ作り出してきたことばかりである。明日世界が消えるほどの危機はいつだってすぐそこにあったのだ。見ようとしてなかっただけで。
もちろんこんな大問題を前に私ができることなどすぐには思いつかないので、まずは彼女に倣って私も想像してみることにした。
もし明日世界がなくなるとしたら、今日私は何をする? 改めて考えると、こういうことを「酒のサカナ」的に友達とネタにしたことはある気がするが、リアルに考えるのは人生初かもしれない。
で、その答えは自分でも意外なものだった。
私はいつもと同じ1日を過ごすだろう。朝5時に起きて、ヨガをして掃除洗濯をしてご飯を炊いて、2時間ピアノの練習をして、いつものカフェでモーニングを食べながら仕事して、飯と汁の昼食を食べに帰宅。午後は別のカフェで仕事して銭湯へ行って、帰宅して熱燗一合で晩酌して父に電話してラジオを聞いて寝るだろう。
それが私の最高の1日なのだ。普通であること、日常が続くことこそ最高なのだ。それがわかってよかった。私は最高の人生を送っているのである。
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
※AERA 2022年4月18日号