下重暁子・作家
下重暁子・作家
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 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、知床遊覧船事故について。

*  *  *

 知床には二度行っている。一度は斜里に講演に行き、二度目は半島沿いに車で走った。国後島がかすんでいる。道路沿いに咲いているのはハマナスだ。バラ科の紅い花で、私のイメージとは違っていた。

「知床の岬にハマナスの咲く頃……」

 有名な「知床旅情」の歌詞にもあるが、私は勝手に白い花だと決めていた。ハマユウと間違えていたのだ。

 そのハマナスが花開く夏を待たずに、悲惨な事故が起きてしまった。観光船の「KAZU I」が消息を絶ち、二十六人の乗客・乗員のうち十四人が亡くなり、行方不明が四月二十八日時点で十二人。三歳の子供からお年寄りまで、全国各地から訪れた人々が遭難している。

 私は車で行けるところまでであきらめたが、船で半島の外周をまわると珍しい光景が見られるとすすめられた。

 だが私にはジンクスがあって、陸上では晴れ女なのだが、海上に出ると必ず天候が荒れるのだ。

 理由はわからないが、講師として洋上クルーズで海外に出たときには台風や低気圧で目的地に着かなかったり、また別なときには大揺れに襲われたりで、海の上でいい思い出はほとんどない。

 船酔いが激しかったり、船旅が嫌いなわけではないのだが、相性が悪いのだ。

 子供の頃、体が弱くて泳げないし、水が怖いということもある。

 だからできるだけ船に乗らない。今度のような事故は、もう自然災害ではなく人災だ。風が強く波が荒く、岩場が多い場所。他の観光船より一週間ほど早く運航を開始したこの日、漁船は午前中で漁を切り上げたのに、なぜ出航したのか。やめた方がいいと忠告した人々が何人かいたというのに。

 コロナで操業できなかった分、ゴールデンウィークに先がけてとりもどしたい気持ちはわかるけれど、観光船は観光する客があってこそ。人命第一なのは言うまでもない。

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