春風亭一之輔・落語家
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 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「円安」。

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 最近の上手くいかないことは、すべて『円安』のせい。そう思うようにしている。

 景気が悪いわりには天気がいいので、スニーカーでも買おうと靴屋さんへ行くと店員がすぐに寄ってくる。円安のせいだ。円高の時はほっといてくれる。「『この子』なんかどうでしょう?」。靴に『この子』だぁ? 普段ならこんな店員からは買わないが、気に入ったので『その子』を購入。しかたない、円安だもの。

 そのお気に入りの子を履いて宮崎県都城市の独演会へ。早朝の生ラジオ終わりの都城入りはめちゃくちゃに眠い。円が安いからね。楽屋入り。「ちょっとチケットのはけ具合が芳しくなく……」。スタッフさんが申し訳なさそうに言われたが「はけ具合」が「禿げ具合」と聞こえ、一瞬ムッとしたのも円安ゆえ。チケットが売れないのはコロナと円安ゆえ。決して私のせいでは……ちょっとあるかな。

 開演1時間前。「街を散歩してくる」と弟子に言い残しオモテへ出る。暑。円暑。都城駅まで歩いて10分くらい。さすが宮崎県下ナンバー2のメトロポリタンシティ都城。街は大賑わ……どうやらこの日の都城は危険度の高い円安で戒厳令がしかれていたらしく人っ子ひとり見当たらない。日曜日のお昼だというのに「ひと、いねーなーっ!」と叫んでも恥ずかしくないくらい円安。駅に着く。電車の本数も円安。時刻表がスカスカだった。「帰ろ」と呟き、Uターン。軽自動車はすれ違うのに歩行者がいない。なのにパチンコ屋は盛況の様子。「円が下がるとパチ屋は儲かる」らしい。

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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