ジャニーズ主催の舞台のみならず、外部の舞台への出演や振り付けなどが活動の中心になっていったとき、舞台「道化の瞳」で、初めて単独主演を務めた。29歳のときだった。

「その前年ぐらいに、アメリカに3カ月ぐらいダンス留学をしたときに、『自分が、エンターテインメントとしてやりたいことはやっぱりこれだ』と確信しました。それで、日本に帰ってから、『こういう舞台をやらせてほしい』とジャニーさんに直談判したんですが、ジャニーさんは、なかなか首を縦に振ってはくれなかったんです。集客の問題なのか、僕の実力の問題なのかわからないけど」

 そこで、「俺はこれをやらないと、何もなくなってしまう」とまで思い詰めて、1カ月間ほぼ毎朝、ジャニーさんに電話で直談判を続けた。そしてようやく「そこまで言うなら、やってみれば」と言ってもらえ実現したのが、オリジナルミュージカルの「道化の瞳」だった。舞台は評判を呼び、2年後には再演もされた。

「ジャニーさんも見に来て、『すごく良かった』と、褒めてくれました(笑)」

 この夏は、音楽劇「スラムドッグ$ミリオネア」で、初めて主演を務めたときと同じ、シアタークリエのステージに立つ。やりたいことと求められること。その間で葛藤を続ける彼は、だからこそ、今も成長の真っただ中にいる。(菊地陽子 構成/長沢明)

週刊朝日  2022年7月29日号より抜粋

>>【前編】タキツバ同期だった屋良朝幸 「キラキラが苦手。嵐のデビューに焦った」