ロボットと人間の共存を描いたフィクションはたくさんある。P・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』しかり、マンガ『ドラえもん』しかり。つまり、テーマとしてはいささか古い。この古いテーマに現代イギリスを代表する作家はどう挑むのか。

 イアン・マキューアンの長編『恋するアダム』は、独身男のチャーリーが、母の遺産で最新型アンドロイドを購入するところから始まる。チャーリーにはたくらみがあった。彼は同じアパートの上階に暮らすミランダに関心があり、購入したアダム──アンドロイドの名前だ──の初期設定を一緒に行い、彼女と親しくなろうというのである。

 チャーリーの計画はうまくいき、ミランダと恋仲になる。ところが、高性能AIを搭載したアダムもまたミランダに恋をしてしまい、ミランダもまんざらではないよう。かくして人間2人、ロボット1体の奇妙な三角関係生活が始まる。

 小説の最初のほうで、ミランダを信用するな、とアダムはチャーリーに警告する。彼の分析によると、彼女は「意図的な悪意ある嘘つきである可能性」がある、というのである。その「悪意ある嘘」をめぐって、3人(2人+1体?)の関係性が微妙に変化していく。そして、あっと驚く結末。見事だ。書き尽くされたかに見える古くさい題材でも、マキューアンの手にかかるとこんな大傑作になる。

 舞台はアンドロイドや自動運転車が実現しているイギリスだが、時代設定はなんと1982年。フォークランド紛争に敗れ、人工知能を予言した天才チューリングが生きているもうひとつの世界。あちこち皮肉が利いたイギリスらしい小説。

週刊朝日  2021年3月12日号