近所のクリーニング店にすら「行こう行こうと思いながら半年そのまま」というくらい出無精な翻訳家による小さな旅のエッセイ集。

 何十年ぶりかで、昔暮らした街や、幼い頃に遊んだボート乗り場の場所を探しながら多摩川を歩く。なくなった景色と今もある店。足跡をたどり、過去の記憶と照合していく。

 アルファベットが付く駅名がずっと気になっていた京急線の「YRP野比」に行ったものの、何もなさにがっかりするが、散策して楽しみはする。

 平凡な日記のようだが、頁を繰ると、微かにぞわぞわと落ち着かなくなる。小学校で同学年だった女性との偶然の再会を綴った最終話「経堂」はその極み。酒場で盛り上がり、夜更けに、昔通った塾などを二人で見にいくのだが、エッセイなのか怪談なのか。戻ってこれなそうな扉の前に立つ怖さがある。
(朝山 実)

週刊朝日  2021年2月26日号