こんなに胸クソの悪い本はかつてあっただろうか。いや、内容がひどいというのではない。書かれている事実があまりにもグロテスクなのだ。

 クリストファー・ワイリー『マインドハッキング』は、いかにしてロシアとオルタナ右翼がネットを使って人びとを洗脳・誘導したかを描いたノンフィクション。洗脳・誘導の結果が英国のEU離脱でありトランプの大統領選勝利だった。

 洗脳と誘導の実際を担ったのがケンブリッジ・アナリティカ(CA)という軍事下請け業者である。著者はCAの中枢で働いたカナダ人の若者。自分がしていることの恐ろしさに耐えきれず、内部告発を行った。

 CAのやり口がひどい。まず、国民一人ひとりの個人情報を丸裸にする。情報源はフェイスブック。住所・氏名や性別・年齢はじめ趣味嗜好まであらゆる情報が引き出される。

 次に、その一人ひとりに対してぴったりな情報が送られる。それも、クリックしたら偶然あらわれるよう巧妙にしかけてある。中身はかなり刺激的だ。その情報によって人びとの心の闇の部分──差別感情や排外主義など──が呼び起こされる。

 人びとは自分が操られているとは思わない。自分で真実──黒人やヒスパニックの横暴、不法移民の脅威など──に気がついたと信じている。
 CAはナイジェリアなどで実証を重ね、ブレグジットや米国大統領選で威力を発揮した。

 そういえば日本でも右翼化した中高年が、よく「ネットで真実を知った」というそうだ。「マスメディアはウソばかり」とも。SNSにどっぷり浸かっていると、あなたもいつか洗脳されるかもしれない。

週刊朝日  2020年11月6日号