祖母が遺す莫大な遺産をめぐって、3人の孫娘が壮絶な争いを繰り広げる。相続権を得るためには、曽祖父が発見したという秘宝を手に入れなければならない。秘宝の謎を解き、遺産を手にするのは誰か……。
池上永一の長編小説『海神の島』を一言でまとめると、ただこれだけ。話の幹がシンプルなので、枝葉がどんなに広がっても読者は針路を見失わない。ぐいぐい読み進められる極上の娯楽小説だ。
那覇市生まれで石垣島育ちの作者ならではの仕掛けが幾重にも凝らされている。まずは祖母の遺産が沖縄本島の米軍基地用地であること。自分の土地なのに自由にできない、しかし莫大な地代が入ってくるという矛盾を抱えている。反基地運動はこのままでいいのか、というシリアスな問いかけもある。
曽祖父が発見した秘宝を突き止める過程では、古代の琉球人が海を越えてどのように渡ってきたのかが再現される。国立科学博物館の海部陽介が『サピエンス日本上陸』(講談社)で実証してみせた、3万年前の大航海である。領土とは何か、国境とは何かという問題への、本質的な問いかけもある。
こう書くと、重厚な社会派冒険小説かと思う人もいるかもしれないが、秘宝を追うハチャメチャな3姉妹のおかげでひたすら明るい。長女は色仕掛けが得意な銀座のクラブのママ。次女は研究のためなら死も恐れないフリーの水中考古学者。三女は破天荒な言動で芸能界を追放された地下アイドル。彼女たちはそれぞれ巨額の資金を必要としている。互いを口汚く罵りながら、他の二人を出し抜いて秘宝を手にしようとする。最後まで気を抜けない。
※週刊朝日 2020年10月9日号