『うめももさくら』石田香織著
朝日新聞出版より発売中

 つかみどころのない不思議な小説だな、というのがこの小説を読み始めたときの最初の感想だった。シングルマザーが主人公の小説といえば、そのつらさ・大変さ・やりきれなさを切実に訴えるシリアス系か、ハードな状況をタフに切り抜けながら日々の事件を面白おかしく切り取り、子を想う母の気持ちでホロリとさせてくれるヒューマン系かのどちらかだろうという先入観で読んだから、ことごとくその浅はかな読みを裏切られる展開に面食らったのだ。

 主人公である「ママ」は30歳、独身、事務職であり、ドライで現実主義的な女だが、ふと魔が差して、自分と対照的に自由にのんびりと生きている佐々木君に惹かれ、一夜をともにしてしまう。妊娠がわかって彼との結婚を決意するが、自分のロマンティックな感性ばかりを重視して収入の安定しない彼と、生活と育児に必死で高いオムツを買う隣の女をつい恨みがましい目で見てしまうママとでは、関係の破綻は時間の問題だった。

 長女の「さくら」と、次女の「うめ」を連れた女3人の生活。作中では「さくら」が中学生になる頃までを時系列でたどっていく。身勝手で娘をまったく愛さなかった主人公の母との確執や、金銭と時間に余裕のない生活の苦しさ。手垢のついた子育て論や世間で語られる理想の母親像への違和感、逃げ場のない職場での不条理……。おそらく今を生きるシングルマザーが直面することがほぼすべて網羅されているのではないか。だが主人公の鋭い脳内ツッコミや登場人物たちのちょっとずれたおかしさによって、世界はいきいきとして、楽しくにぎやかなものにも思える。

 だがしかし、この小説は単純に「泣き」と「笑い」の要素をふんだんに混ぜてシングルマザーの日々をリアルに描き出した、というだけではまだ言い足りない。

 読後、私の心を覆ったのは圧倒的な孤独感だった。誰も自分を完全に理解し、抱きしめてくれたりはしない。誰もいないし、誰も助けてくれない。ずっとずっとひとりなのだ。友達がいても、元夫が子育てを手伝ってくれても、恋人未満の男友達がいても。

次のページ