「伝統」でないものが「伝統」として広まることはよくある。「女優を使わないのが歌舞伎の伝統」もそのひとつであることが本書を読むとわかる。

 昭和初期までは歌舞伎に女性の役者がいることは珍しくなかった。明治時代に人気を誇った市川九女八は海外までその名をとどろかせた。九代目市川團十郎は男子が生まれなかったため、娘を歌舞伎座に立たせ、十代目を継がせようとさえした。

 歌舞伎の舞台に立った女役者が多く登場する。彼女たちの引退後の人生も細かく記しており、当時、女性が芸能の世界に足を踏み入れることがどのような意味を持ったかも浮かび上がらせている。

 現代の有名歌舞伎役者の系譜と結びつけた形で紹介されているため、歌舞伎に詳しくなくても読み進められる。地味ながらも労作だ。(栗下直也)

週刊朝日  2020年5月22日号