そんな状況で、偽学生証屋がまだあるのか。記憶を頼りに店を探すと、ほどなくして、周りの屋台に隠れるようにひっそりと偽IDの見本パネルを並べている屋台があった。そこには日本の保険証、免許証、外国人登録証などが取りそろえられていた。法的に完全アウトである。だが、興味は余計にかきたてられた。それぞれ値段は異なり、高いものだと3,000バーツ(約1万円)ほどである。
私が作りたかったのは、ジャーナリストIDである。
「フリーランスのジャーナリストIDを作ってくれ」
店のオヤジに頼むと、1,000バーツとのこと。「安くしてくれ」と交渉すると800バーツで落ち着いた。まずは必要情報の記載。氏名、生年月日、パスポート番号など。サインを書いて、最後に写真撮影をして完了だ。2時間後、完成したカードが手渡された。
カードには、大きく「フリーランス」と記されている。別にどこかのものを真似したわけでもないので、偽造かと言われれば微妙なところである。このときは面白半分で、「機会があれば使ってみるか」と思うぐらいだった。
■偽IDを使ってみたら…
その後、特に使う場所もなくカード入れの奥で眠っていたのだが、4年ごしに使うチャンスがめぐってきた。昨年、アメリカ・ニューヨークのブルックリンで飲み屋に入るとき、身分証の提示を求められたのだ。その際にふと、バンコクで作ったカードが通用するのか、試してみようと思った。カード入れからジャーナリストパスを取り出して警備員に差し出す。すると警備員はジーッと見つめたまましばらく動かない。
「問題ある?」
こちらから声をかけると、ようやく「日本人?」と質問してきた。すかさず「そうだよ。若く見える?」と返すと、「そうでもないね」と言って、笑顔でカードを返された。
こうして私は美味しいビールを飲むことができた。さすがに公的機関で差し出す気にはならないが、どこかの飲み屋なんかではパスポートを持っていないときにでも使えるんじゃないかと思ったのである。
「次にタイに行ったら、また新しくカードを作ってみよう」
そう心に決め、昨年末にカオサン通りを訪れると、もうその屋台はなかった。そもそも、通りを埋め尽くすようにあった屋台の多くがなくなっていたのである。20年以上も続いてきた裏名物がなくなり、勝手に寂しさを覚えた。(文/丸山ゴンザレス)