「月日は百代の過客にして行きかう年もまた旅人なり……」という序文で始まる『おくのほそ道』は、松尾芭蕉(1644~94年)が晩年に集大成とした紀行文です。今年、同行の曾良とともに出立した年から330年目となるのを記念し、出光美術館(東京都千代田区)で「奥の細道330年 芭蕉」展が開催されています。出光美術館所蔵のコレクションをはじめ、柿衞文庫・京都国立博物館等からも名品が集い、芭蕉の自筆作品約20点をはじめ蕉門十哲、与謝蕪村など芭蕉にまつわる56件が展示されています。芭蕉ファンは帰りたくなくなるような空間と言って過言ではありません。展示は、「Ⅰ 名句の響き―芭蕉の筆跡を賞でる」、「Ⅱ 旅の情景―奥の細道をめぐる」、「Ⅲ 名所・旧跡をよむ―歌枕の世界」、「Ⅳ 思いを紡ぐ―芭蕉から放菴まで」の4構成となっています。
※歌枕…歌に詠まれた名所旧跡、主に歌に詠まれた土地や地名を指す。

イメージ画像ー秋深まる立石寺からの風景
イメージ画像ー秋深まる立石寺からの風景

芭蕉らしさとは―「余白の美」

「俳句の祖」、「俳聖」と呼ばれる松尾芭蕉(以下芭蕉)、その由来をおさらいしておきましょう。まず和歌(現代の短歌)は五七五/七七の31音です。平安時代には貴族を中心として和歌から遊戯的に発展し「連歌」と呼ばれ、五七五(上の句)/七七(下の句)で区切る短連歌と、数名で短連歌を繋げる長連歌が詠まれるようになりました。その後、室町時代に滑稽さ(俳)と戯れ(諧)を取り入れた「俳諧連歌」が生まれ、江戸時代に「連句」とよばれるようになります。元禄期になり、芭蕉が連句の上の句を独立して詠み「発句」と言うようになり「俳句の祖」と呼ばれるようになりました。しかし、俳句という呼び名は明治期に正岡子規により生まれましたので、「祖」がつくのですね。芭蕉は語句を短くしたことだけでなく、俳諧(おかしみ)から言の葉を昇華させ、一幅の軸のごとく究めたことが特徴と言えるでしょう。第Ⅰ章「名句の響き―芭蕉の筆跡を賞でる」では、芭蕉が各地で詠んだ自筆を中心とした展示です。まず目に飛び込んでくるのがふたりの「芭蕉像」です。小川破笠によるシリアスな芭蕉と松村月溪によるひょうひょうとした芭蕉……月溪の作品は、旅姿の楽しげな表情が旅に生きた芭蕉を彷彿とさせます。
続いて芭蕉自筆作品の書は、句のイメージに合わせたと思われる筆跡が興味深い展示です。中でも、「やまさとはまんさいおそし梅花(やまざとはまんざいおそしうめのはな)」は、元禄四(1691)年に伊賀上野で正月を迎えた芭蕉が、正月を寿(ことほ)ぐ芸人(まんざい)がまだ来ない……と山里の風情を詠んだものですが、書の配置と梅の花の刺繍がことのほか美しい逸品です。この他に森川許六(蕉門十哲)と合作の「かれえだに」や芭蕉が書と画を描いた「はまぐりの」など芭蕉ならではの余白の美を感じることができます。

イメージ画像ー芭蕉と同行曾良の石碑
イメージ画像ー芭蕉と同行曾良の石碑

西行への想い―「憧れの連鎖」

旅に生き、旅を詠んだ人生はわずか50年あまりでした。その最晩年に歩いたのが「奥の細道」であり、この旅は西行ら「故人」へのオマージュともなる集大成となりました。第Ⅱ章「旅の情景―奥の細道をめぐる」では、芭蕉がしたためた書状と懐紙に詠んだ句が展示されています。書状のうち二通は、「おくのほそ道」序文の後半「…杉風が別所にうつるに」に登場する芭蕉十哲の一人、杉風(さんぷう)に宛てたものです。芭蕉と杉風の間柄が想像できますね。また、西行への想いが感じられる展示として、「二見文台」(書 松尾芭蕉元禄四(1691)年も見逃してはなりません。文台の表面に伊勢・二見浦と松の模様をあしらった扇が描かれてあり、西行が二見浦で扇を文台代わりに用いたというエピソードに由来するとか……裏面には芭蕉の句が記されています。句の題を「ふたみ」とし、「うたかふな潮のはなも浦の春」(元禄四年 芭蕉)と描かれています。「潮のはな」は伊勢神宮の神徳を花と見立て、春(新年)の寿ぎを詠ったものと伝わっています。伊勢・二見浦という神聖な場所と新年の寿ぎがそのまま西行への想いの形となっているようにも見えますね。そして、芭蕉の没後、与謝蕪村(1716~84年)により描かれた「奥之細道図 下巻(二巻のうち)」(安政七(1778)年 京都国立博物館蔵 重要文化財)も圧巻です。旅先での情景を、文章を元に描いている本作は、その画風に優しさを感じます。西行に憧れた芭蕉と同じように、蕪村が芭蕉に憧れていたことが伝わってくるようです。

イメージ画像ー西行庵
イメージ画像ー西行庵

重要文化財が目白押し!

今回のみどころのひとつに、「西行物語絵巻 第二巻・第四巻」(詞書 烏丸光廣 画 俵屋宗達 寛永七(1630)年 出光美術館所蔵)があります。西行は、平安時代末期に活躍した武家出身の歌人であり、本作は出家後に各地の名所・旧跡を遊歴する西行の様子が描かれています。宗達の筆は鮮やかな色使いでありながら品格を保っており、光廣の詞書と相まって流麗さが際立つ作品です。同じく重要文化財の「中務集」(伝西行 平安時代 出光美術館所蔵)は、十世紀中ごろに活躍した女流歌人・中務(なかつかさ)の私家集を平安時代後期に写した写本であり、西行を伝承筆者とする仮名古筆の名品です。続く「Ⅳ 思いを紡ぐ―芭蕉から放菴まで」では、芭蕉の門人をはじめ、絵画や工芸などさまざまなジャンルの作品が展示されています。漆工芸の小川破笠による「柏に木莵蒔絵料紙箱」と「春日野蒔絵硯箱」(ともに江戸時代 出光美術館所蔵)をはじめ、許六の「百華賦」(宝永七(1710)年 柿衛文庫所蔵)、酒井抱一の「糸桜図扇面」、「燭台図扇面」(江戸時代 出光美術館所蔵)など、ほうっと息をつくような美しさの作品が並びます。その中で小杉放菴(1881~1964年)は時代を超えて芭蕉を描いています。影響を受けつつも時を超えたからこそ描けた作品群には、芭蕉が言の葉を紡ぐ際に求めたであろう、余計なものをそぎ落とした美しさを感じます。これらはごく一部で、こちらにご紹介できていないあまたの名品が美術館で待っています。「百聞は一見に如かず」を体感されてみてはいかがでしょうか?

展覧会概要 他

展覧会概要 他
展覧会名 奥の細道330年 芭蕉
330 Years since Oku no Hosomichi,The Narrow Road to the Deep North The World of Basho
主催 出光美術館 読売新聞社
会期 2019年8月31日(土)~9月29日(日)
休館日 毎週月曜休館(9月23日は開館)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
(毎週金曜日は午後7時まで、入館は午後6時30分まで)
※9月21日(土)~23日(月・祝)は「EDO TOKYO NIPPON アートフェス2019」が開催中です。詳細は以下リンクのウェブサイトをご参照ください。

【出典・引用】
・奥の細道330年 芭蕉 展覧会図録 出光美術館
・同 プレスリリース 出光美術館
・ゼロから始める俳句入門 大高翔監修 株式会社KADOKAWA
※ポスター画像は美術館に申請し許可の元使用しています(転載厳禁)

芭蕉展 出光美術館ポスター
芭蕉展 出光美術館ポスター