日本に数多くあるラーメン店の中でも、屈指の名店と呼ばれる店がある。そんな名店と、名店店主が愛する一杯を紹介する本連載。豚骨一本の店に20年行列を作り続けてきた店主が愛するラーメンは、つけ麺をブームから文化にし、世界を股にかける男の真っ直ぐな一杯だった。
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■コンビニ化するラーメン店に憂い
足立区一ツ家に、豚骨ラーメン1本で勝負し続けている人気店がある。中華料理屋からラーメン屋に転身した田中剛さん(49)が2000年に創業した「博多長浜ラーメン 田中商店」だ。来年20周年を迎える老舗だが、今もその行列は途切れることがない。
田中さんはとにかく一つの味にこだわる職人だ。他の味に手を出すことはない。流行り廃りに左右されず、歴史のあるラーメンをリスペクトし、お客さんから必要とされる一杯を作るというのがポリシーだ。
新しい味の追求に気を取られて、基本中の基本に目を向けられないお店も多く見てきたという。田中さんは他の味を作らない分、今出している一杯をランクアップさせる努力を怠らない。
「スープが熱いこと。しっかり味のあるチャーシューを切りたてで出すこと。一つひとつはシンプルなことなんです。それが集まることで、美味しいラーメンが出来上がっているんですよ」(田中さん)
田中さんの言葉を借りれば、ラーメン店は今“コンビニ化”している。醤油もあれば味噌や塩、つけ麺もある。自分が作っているものに自信があれば、一つの味でいいはず。「得意な味一本で勝負すべきだ」と田中さんは話す。
SNSやグルメサイトにより、人々が目にする情報は飛躍的に増えた。そこで話題性を出すために新しいラーメンを作ったり、メニューを増やしたりするお店もある。だが、お店はあくまで「お客さん」に向けてラーメンを作るべきだという。
本気の一杯であれば器用でなくてもいい。お客さんはその店の渾身の一杯が食べたいのだ。その信念が実を結んだのか、「田中商店」のお客さんの8割は常連客が占めている。このお店の勢いを目の当たりにすると、本気のラーメンが生み出すエネルギーを感じることができる。
「新しいラーメンというものはもはや存在し得ないと思っています。器、スープ、麺、具という一見大したことのない4つを最適なバランスで組み合わせていくのがラーメン作りの基本です。“ちゃんとした”ラーメンを残していきたいですね」(田中さん)
田中さんが思う良いラーメンとは、人々の思い出の中に刻まれ、時に懐かしさを感じる一杯だ。だからこそ、「田中商店」では豚骨一本で突き進む。