図書館では10回の連続講座で、「歴史と公民」を学べる機会を提供している。きちんと勉強すれば9割が合格できるらしいが、市民権を申請できる条件自体が厳しいため、合格が簡単だとは言えない。
この日のトピックは議会制度だった。先生はこんなふうに話し始めた。
「バイデン大統領とハリス副大統領の写真です。2人が事故で一緒に死んだら、次の大統領は誰?」
「ん、考えたことないけど?」
「下院議長のナンシー・ペロシです。彼女が代行します。アメリカには、大統領とは別に議会があります。上院と下院です」
小学生にもわかるような優しい説明だ。
途中からランダムにペアになり、想定問題集を質問しあった。最初に組んだのはウクライナ人。ロシアが侵攻してきた後にニューヨークに来たらしい。「応援しています!」と言葉をかけたかったが、緊張してスルーしてしまった。そのことを1人で「プチ反省」していると、隣にいた中国人の中年女性がたまたま彼女とペアを組んだロシア人に向かって、
「プーチンをなんとかとめなさいよ」
と最初にめちゃくちゃ怒鳴ってから質問を始めた。ロシア人が気の毒ではあったが、大声で意見を言える女性に頼もしさを感じてしまった。思っていることは言わなければいけない。それがニューヨークなのだ。「黙っているのが一番いけない」と、いつも息子に言っている言葉が自分に返ってきた。
参加者の国籍や背景は多様だった。南米、欧州、アジア。4割は「駐妻」など期間限定で米国にいる人で、テストの受験予定はないが、歴史などを学ぶ目的で参加していた。残りの6割は米国移住を希望する人々だ。
「なぜ、英語を学んでいますか?」
ペアを組んだブラジル人に聞かれた私は、
「自分の勉強のためよ」
と答えた。でも、彼の答えは、
「市民権を得て、自分と家族の人生を変えるためです」
母国には帰らない、米国で生きる覚悟でこの場所にいる。講座の冒頭で、市民権テストに合格したヨシュアも、アメリカ市民になる夢をかなえて第一歩を踏み出したのだろう。だから先生もノリノリで喜んでいたのだ。私は日本という恵まれた場所に生まれて、移民を本気で考えたことは一度もない。自分とは全く違う背景を持った人々に出会えるのは、ニューヨークならではだ。
気軽に受けた図書館の無料講座だったが、ある意味、コロンビア大学に負けない学びがあった。ニューヨークには夢かお金がある人しか住めないと言われている。市民権講座の教室には、あふれんばかりの夢があった。みんなの夢がかなうようにと願わずにはいられない。
※AERAオンライン限定記事