厳しい残暑が続き、台風の襲来にも見舞われる今日この頃。それでも、ふっと夕方の風に一息ついたり、雲の変化を見上げたりするようになりました。そんな季節のあれこれを、日本人は古くから五七五に編んで、楽しむ技を知っていましたね。8月19日は俳句の日。今も昔も変わらぬ、季節へ込める思いを振り返ってみましょう。

秋暑し鹿の匂ひの石畳

立秋を過ぎた俳句の世界、まずは大御所たちの、秋を迎えた句をご紹介。
・秋来にけり耳を訪ねて枕の風/芭蕉
・秋来ぬと合点させたる嚔かな/ 蕪村
・初秋(はつあき)の簾に動く日あし哉/ 正岡子規
・秋暑し鹿の匂ひの石畳/ 木村蕪城
・鎌倉をぬけて海ある初秋かな/ 飯田龍太
さて言うまでもなく俳句とは、五・七・五の十七音から成り季語を含むことを約束とする、日本独自の定型詩の事を指します。俳句の日は、正岡子規研究家の坪内稔典らが提唱し、1991年に制定された俳句の記念日。8月19日=「819(はいく)」の語呂合わせからですが、ちょうど夏休み中でもあり、子供たちが俳句に親しむためのイベントなども開催されます。
俳句はもともと、老若男女誰もが気軽に楽しめる文化として、長い人気を誇ってきました。俳句が「俳諧の句」を意味した江戸時代初期の頃から広く普及し、元禄期には、松尾芭蕉が主情的で奥深い俳風を創造します。与謝蕪村、小林一茶らと続く頃には俳諧が職業として成立し、先生役である宗匠が多く存在したそうです。紙と筆だけで表現できる俳句。江戸の人は、コストパフォーマンス抜群のレジャーを、自ら楽しんでいたのですね。

おもひ寝や夢さくねやのむしの声

俳諧に親しんだのは、男性だけではありません。元禄期の17世紀末から幕末を迎える19世紀前半にかけて、諸国の女性俳諧師は少なくなく、彼女たちの作品を集めた撰集も百冊ぐらいあったといいます。大名などの支配階級ではなく、一般庶民の女性たちが創作に打ち込み出版する文化を持つ国は、この時代には稀なことでした。

それでは、彼女たちの詠んだ句を少し拝見しましょう。少し遡って立秋前後の季語もありますが、秋を迎える私たちの心情にとても近く、まるで隣で友達が呟く言葉のような気がします。

・久しうて飯のうまさよ今朝の秋/ 古友尼
・秋たつやきのふのむかし有の儘(まま)/ 千代尼
・羅(うすもの)の坐りごころや今朝の秋/千絲

今日は少し秋めいて、久々に食欲も復活。ごはんが美味しい、嬉しい朝。いつもと同じ今日だけれど、暦では秋だなあ。日々は過ぎていくのだなあ。等々、解釈は自由に広がります。「羅(うすもの)」は、馴染みの無い言葉かもしれませんね。薄く織った絹織物のことで、風通しが良い、夏の着物そのものも指します。暑い夏に活躍してくれた、この薄い着物の座り心地が、今朝は何やらスースーと心もとない。衣替えの季節かしら‥

・秋風や葉にすがりたる蝉の声/ 花讃女
・ちんちろりんちんちろ虫とのみおぼゆ/ はつ
・おもひ寝や夢さくねやのむしの声/ 志燕尼

ちんちろりんの句は、「鈴虫の名を問はれて」と詞書が添えられています。「カワイイ」文化は、昔も今も。戦の無い平和な江戸時代だったからこそ、老若男女の誰もが楽しめた俳句の隆盛。そんな歴史もちらりと振り返りながら、間も無く訪れる爽やかな秋の風を心待ちにいたしましょう。

【句の引用と参考文献】
別所真紀子 (著)『江戸おんな歳時記』(幻戯書房)
『第三版 俳句歳時記〈秋の部〉』(角川書店)

鎌倉をぬけて海ある初秋かな
鎌倉をぬけて海ある初秋かな