「大学はジャングルと一緒。そこで生きる皆がおもろいことをやれば、活気づく」と語る(撮影/楠本涼)
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「大学はジャングルと一緒。そこで生きる皆がおもろいことをやれば、活気づく」と語る(撮影/楠本涼)
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 ゴリラは人間の家族に一番近い集団生活を行っている動物だという。相手と対等な関係をつくって生きている。そんなゴリラに魅せられて40年。大ケガを負いながら、ゴリラの群れに入り込み、調査をしたこともある。ゴリラ研究の第一人者が、2014年に京都大学の総長に選出。ゴリラから教わったリーダーシップで大学の舵を取る。(文/大越裕)

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「やばいな……、これは本当に決まるかもしれん」

 2014年7月の京都大学総長選挙。山極壽一(やまぎわ・じゅいち 67)は最終選考会議のヒアリングに、自分一人しか呼ばれていないことを知って、そう思った。事前に行われた学内の教職員5千人による予備投票で10人の候補に選ばれた際も、「まさか自分が総長になるわけがない」と気楽に構えていた。そのため他の候補がスーツにネクタイ姿の写真を提出する中、動物園の腕章をつけた「かなりいいかげんな服装」の写真を出した。事務局に頼まれて書いた所信表明には「学生中心の大学にすること」「総長の任期が長すぎるから、解任規定を作ること」という、過激とも言える二つの方針を掲げた。

 最終投票の直前、京都大学の学内には、学生が作った「山極教授に投票しないで」と書かれたビラが大量に撒かれていた。学生に不人気だったからではない。逆だ。「日本の霊長類学の宝である山極教授が、総長になって研究から退いては、世界の霊長類学および京大にとって多大な損失だ」というのが理由である。山極とともに京大理学研究科の運営に携わった教授の沼田英治(63)は、総長選をこう振り返る。

「結果的に、あのビラ事件がニュースにもなって、逆に『そこまで学生に信頼されている山極さんのような人が総長になるべきだろう』と、決定の後押しになったようです」

 そうして山極は、第26代京都大学総長となった。就任決定直後の記者会見で「座右の銘は?」と聞かれた山極は、頭が真っ白になりながら「ゴリラのように、泰然自若です」と答えた。その時、山極の脳裏には、アフリカのジャングルの中で悠然と群れを率いる、体重200キロ近くにもなる背中に白い毛の生えた「シルバーバック」と呼ばれる雄ゴリラの姿が浮かんでいた。

●分刻みの予定を割いて子どもにはゴリラの話を

「シルバーバックは仲間から信任を得られなければリーダーになれない。いろいろな人が好き勝手な研究をする大学は、陸上で最も生態多様性に富むジャングルと似ている。猛獣のような研究者に縄をつけず、その能力を存分に引き出すことが総長のリーダーシップだと思ったんです」

 4年後の18年11月、大阪市役所で行われた講演会で、数十人の子どもたちを前に山極の姿があった。題目は「ぼくはこうしてゴリラになった」だ。

「僕は小さい頃、探検家になりたかったんだ。誰も知らない国に出かけて、未知のものに出会いたかった。それで大人になってから40年間『ゴリラの国』に通って、自分もゴリラになりました」

 子どもたちが笑う。「野生のゴリラは恐ろしいと思う人、手を挙げて」。山極が促すと、何人かの手が挙がった。

「長いことゴリラは恐ろしい動物だと思われていた。それはヨーロッパの探検隊が100年以上前にアフリカでゴリラと遭遇したとき、ゴリラが立ち上がってドラミング(胸を叩いて音を出す行動)をしたから。探検隊は驚いて、ゴリラを鉄砲で撃っちゃったんだ」

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