旧国鉄時代に同僚と組んだバンドでは、ギター、キーボード、ボーカル、作詞作曲となんでもこなした。07年には緊急地震速報の広報ソングも制作している(撮影/工藤隆太郎)
旧国鉄時代に同僚と組んだバンドでは、ギター、キーボード、ボーカル、作詞作曲となんでもこなした。07年には緊急地震速報の広報ソングも制作している(撮影/工藤隆太郎)

■和田幸一郎(わだ・こういちろう)
1957年12月/山形県高畠町に2人兄弟の長男として生まれる。
76年4月/山形県立高畠高校を卒業し陸上自衛隊入隊。同県東根市の神町駐屯地配属。10月、国鉄に入社し、山形車掌区に配属。
78年8月/同僚と結成したバンド「POPcornプラスONE」で、ヤマハポピュラーソングコンテスト東北グランプリ大会に出場。
85年5月/助役試験の合格と管理職研修を経て、鉄道管理局へ異動。販促キャンペーンの一環として特急列車内で自らのバンド演奏、観光CMの制作などに携わる。
87年4月/国鉄の分割民営化を機に気象庁へ入庁。秋田地方気象台に配属。
91年12月/秋田空港出張所(現秋田航空気象観測所)勤務時代、空港周辺で多発していた霧の発生原因を特定し、東北地方調査研究会などで発表。
97年4月/山形地方気象台で予報業務を専門に担当する「予報官」になる。
2001年11月/気象の調査研究等により防災機関への啓蒙活動に努めたことが評価され、仙台管区気象台長表彰を受ける。
07年10月/緊急地震速報の運用開始時に広報ソングを作曲。
11年3月/福島地方気象台で防災業務課長時代、東日本大震災に遭遇する。
12年4月/東北6県を管轄する仙台管区気象台で危機管理調整官に就任。震災のフォローによる心労などで、ダウン寸前まで追い込まれる。
16年8月/盛岡地方気象台長時に岩手県を襲った台風10号で犠牲者が出て、首長と台長をつなぐホットラインの必要性を痛感。
17年4月/秋田地方気象台長に就任後1カ月半で、県内すべての首長と携帯電話番号を交換しホットラインを築く。7月、秋田地方を襲った記録的豪雨でホットラインを活用し、死者、けが人ゼロ。
18年4月/定年退職後、防災気象官として再任用。6月、ホットラインを通じた功績などが評価され、秋田地方気象台職員一同名で国土交通大臣表彰を受ける。

■桐島瞬
1965年生まれ。ジャーナリスト。週刊誌を中心に活動する。主な取材テーマは、原発、災害、エネルギー、沖縄など。共著に『放射能汚染の拡散と隠蔽』(緑風出版)。

※AERA 2019年3月18日号

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