2月22日はネコの日。今や常識レベルの認知度かもしれません。国内の2018年度の犬猫飼育頭数は、イヌが約890万頭に対してネコは約965万頭。2年連続でイヌを上回り、その差も広がりました。1980年代には鳥の飼育数よりも少なかったネコですが、もはやナンバーワンペットの地位を得たといってもいいでしょう。アメリカではネコの飼育数は何と日本の十倍にもなる一億匹にせまり、世界的にもネコの人気は爆発的なようです。人工的な文明生活に溶け込み寄り添いながら、その野生を一切失うことなく保持し続けている不思議な生き物ネコ。人との親密な関係は、約1万年前からはじまったといわれています。
この記事の写真をすべて見るマイメン!対等なパートナーシップから始まった人とネコ
イエネコは、先史時代の約1万年前、北アフリカから西アジアでリビアヤマネコが家畜化されたことが起源だという仮説が一般的です。特にティグリス、ユーフラテスの大河にはさまれた、いわゆるメソポタミア地域の農村。穀物を荒らし、人にとっては厄介なネズミたちを捕食しようとヤマネコが人里近くをうろつきだしたようです。地中海のキプロス島では、9500年前の遺跡から、人ともに埋葬されたネコの骨が見つかっています。食べられるものなら何でも食べる貪欲な人間に近づきながら、よく餌食にならなかったものです。もちろん中には人里に近づいて屠殺される場合もあったでしょうが、それよりもはるかに多くの場合、近づくことを許され、殺されることなく自由に交流していたのでしょう。ネズミを捕食してくれるという人間の側の都合と、灌漑技術で食物が豊富に収穫できたといわれるメソポタミアでは人々の飢えが緩和されていたということはあるでしょう。そしてもしかしたら、かわいらしいネコの姿かたちや仕草が、現代人と同様古代人をも魅了したのかもしれません。
ネコは、その当時から現代まで一万年を経てもDNAはほとんど変化がなく、イヌが野生のオオカミから個体選別されて有益な家畜へと改変させられたのと比べて、ほぼ野生のヤマネコのままなのです。豚や牛、ニワトリやヤギなど、家禽は野生動物から人の利用しやすい習性へと改良されます。つまりネコはその必要のない完成形で人間の親しい友人として現れたということになります。一部のネコに偏見を持つ人々が、ネコが人に馴れない、人に害をなす、と忌避するのも、ネコがいわゆる「家畜」化されていないことに由来した直感的な恐怖なのでしょう。でも逆に言うと、ネコは最初から、そして今も、主従ではなく人と対等な関係でつながってきたといえます。このような生き物をcompanion animal、伴侶動物と言います。最近のヒップホップ風の若者言葉で言うと「マイメンアニマル」?でしょうか。
多様な外見でハートをがっちりキャッチ!個性化するイエネコ
とはいえ、イエネコの原型になったリビアヤマネコとイエネコとでは、やはり違いも見られます。もっともわかりやすい違いは、やはり被毛でしょう。リビアヤマネコの毛色は明るめのキジトラ模様の単一で、四足や尾の縞模様ははっきりしていますが、背面の模様はぼんやりしていて薄くなっています。いわゆるヤマネコといわれるベンガルヤマネコやオオヤマネコなどの野生のネコが極めて警戒心が強く、凶暴な面があるのと比べるとリビアヤマネコは人になつきやすく、2007年に本格的なDNA解析でイエネコが1万5千年~1万1千年ごろの時期にリビアヤマネコから派生した亜種であると科学的に証明される以前から、イエネコの祖先であろうと推定されていました。
リビアヤマネコの単一の被毛に比べて、イエネコは黒、白、灰の単色に加え、トラ(赤茶色地の縞)、白地に各所に色が混じった斑などに加え、近代からは人為的にさまざまな毛色が作出されています。野生では目立つために定着せずに淘汰されてしまうアルビノ系の白ネコも人と暮らすことにより生き残り、さらに白ネコと通常のネコが交配することで毛色に複雑な毛色にさまざまな変異が生まれ、次第に多様化していきました。また、色素の少ない個体が生き残ることで、瞳の色も多様化しました。まるで外見を飾るのが好きなヒトという種を、見た目で楽しませてくれるように。
変わったところはもうひとつ。イエネコにはヤマネコにはない様々な形質の尻尾があることです。大型ネコ科のライオンやトラ、ヒョウ、チーターなどを見てもどれも長いまっすぐな尾を持っています。ヤマネコと言われる小型のネコ科も同様。野生のネコ科たちは獲物を追い、激しく方向転換をするとき、樹上や高所などを伝い歩くとき、長い尾を舵取りとして使用としているといわれています。短い尾は野生の厳しい生活では不利となるため淘汰され、短尾の野生ネコは見かけることはないですよね。
でもイエネコには様々な形や長さの尻尾があります。いわゆる長尾の25センチ以上の「フルテイル」、「幸せを引き寄せる」と言われる先端が曲がったカギ尻尾「キンクドテイル」、長さが10センチ以下の「ボブテイル」、尾の先端が完全に一回転して巻いている「コークスクリューテイル」などの他、「カールドテイル」といわれる全体が緩やかにカーブした尾や、「ランピー」と呼ばれる尻尾がまったくないタイプも。ランピーは、イギリスのマン島の特産種マンクスに見られる形質ですが、ランピーの個体同士をかけあわせると先天的障碍を持つ子供が生まれることが多く、注意を促されています。東アジアのネコには、尻尾が折れ曲がったり短くなる遺伝子形質が受け継がれていて、欧米やアフリカ起源のネコが特殊な島嶼タイプ(先述したマンクスなど)を除いてほとんど長尾なのに対し、短尾やカギ尻尾が多いことで知られています。日本ネコも、唐から渡ってきた奈良・平安時代には長尾でしたが、江戸時代頃には短い尾が多くなりました。これを品種として固定したのがジャバニーズボブテイルですが、日本のネコがどうして短い尾が多くなったかについては、江戸時代に交易拠点だったインドネシアの短尾ネコが長崎に渡ってきてその形質が広まったとか、妖怪猫又伝説の迷信から短い尾のネコを人間たちが好んで飼うようになったからだとか、あるいは小泉八雲(Lafcadio Hearn)の聞き書きによると子猫のうちに尻尾を切ってしまう習慣があったためだとか、さまざまに言われていますが、はっきりとはしていません。
マンクスの例は典型ですが、このような変形型の尻尾は野生で生き抜くには不利であり、怪我もしやすい(筆者の家のネコの一匹もコークスクリューテイルのために、コードを巻き込んでしまうなどの怪我には気をつけています)ために生き残ることがむずかしいのですが、人の庇護の下ならば問題なく生きていけます。尻尾のバリエーションは、人とともに生きているからこそ。まるで「貴方だけの私」を示すシグナル、サインのようにも思えますね。
ネコ科の例外オオヤマネコとイエネコの怪しい?関係
ところで、野生のネコ科はどれも長い尾を持つのが特徴である、と先述しましたが、実は例外があります。オオヤマネコ属(Lynx)は、短い尾を持つことで知られています。北半球の温帯地域を中心に、亜寒帯・亜熱帯地域に生息し、種名となっているオオヤマネコ(Lynx. lynx)のほか、カナダオオヤマネコ、スペインオオヤマネコ、そしてボブキャットが属します。オオヤマネコとヤマネコの分岐前にはヒョウ、サーバル、オセロットなどが分岐していますが、どれも長尾族で、オオヤマネコの形質はネコ科の中でも特殊なものです。
なぜオオヤマネコが短尾なのか、その進化の理由はわかっていません。そしてアメリカにはオオヤマネコとイエネコを掛け合わせて作出されたと噂される品種がいくつかあります。ピクシー・ボブ(Pixie-Bob)、そしてハイランダー(Highlanderまたはハイランドリンクス Highland Lynx)です。アメリカに生息するオオヤマネコ、ボブキャットとイエネコをひそかに掛け合わせて作られた、という噂があり、短い尾をしています。また、短尾のアメリカ産品種としてよく知られるアメリカン・ボブテイルも、ジャバニーズボブテイルやマンクスと掛け合わせたという説もありますが、やはりボブキャットと掛け合わせたのではないか、とも囁かれているのです。
さて、こうなってくると、日本ネコの短い尾の形質も、ある可能性が浮かんできます。日本に現在生息している野生のネコ科はツシマヤマネコとイリオモテヤマネコですが、どちらもベンガルヤマネコの系統に属するヤマネコです。かつては日本の全土に生息していたベンガルヤマネコは、島嶼を残して数万年前に絶滅しました。また、オオヤマネコもかつては生息しており、こちらはつい数千年ほど前まで生きていたという痕跡が見つかっています。イエネコが日本に渡ってきたのは、かつては奈良時代頃といわれていましたが、長崎県壱岐の弥生時代の環濠集落遺跡であるカラカミ遺跡から、約二千年前のイエネコの埋葬骨が見つかり、日本にははるか昔にイエネコが渡ってきたことがわかったのです。日本に渡ってきたイエネコの祖先と、わずかに残っていたオオヤマネコとが、はるか大昔に交配して、日本ネコのDNAの中に入り込んだとしたら。それが日本ネコの短い尾が多い形質だとしたら。長崎に短い尾のネコが日本一多いのも、インドネシアからわたってきたからではなく、実はそれが理由だとしたら。壱岐に程近い対馬では、現代でもオオヤマネコらしき生き物の目撃譚があり、夢が広がります。
短くても長くても、まっすぐでも曲がっていても、仲良しのネコは外で出会ってこちらに気づくと、その瞬間ピン!と尻尾を立てて走り寄ってきます。間違いなくネコの尻尾は、人間とネコの親愛・信頼の絆。その信頼と親愛を、人間の方が裏切らないようにしたいものです。
平成30年(2018年)全国犬猫飼育実態調査 結果:https://petfood.or.jp/topics/img/181225.pdf
カラカミ遺跡:https://imidas.jp/genre/detail/L-106-0104.html