イノシシ年が明けて、早くも2月。雪も舞う寒さ厳しいこの時期に、あでやかな「冬ぼたん」が咲き誇っています! 初夏の七十二候にもなっている、牡丹の花。その明るくゴージャスなふわふわを愛でれば、冬のふさぎがちな気分もパア〜ッと上がるというものですね! ところで、冬ぼたんで思い出すのが「ぼたん鍋」。猪肉の入った鍋物のことなのですが、どんなお料理なのでしょうか。そもそも牡丹とイノシシって、なにか特別な関係が…!?
この記事の写真をすべて見る春だけじゃない♪ 豪華絢爛「冬ぼたん」を楽しもう
牡丹(ぼたん)は古くから、根が鎮静・鎮痛や血行障害改善など薬用に用いられてきました。「丹」は「赤」。もともとは赤い花だったようです。いまは観賞用として、赤のほかにもピンク・薄紫・白・黄色…と、色もとりどりに楽しまれています。両手のひらからあふれるような、大輪の花。幾重にもかさなったふわふわの花びら。優しい香り…。中国では「百花王」「花神」「富貴花」などと呼ばれて高貴な人たちから熱狂的に愛され、玄宗皇帝が楊貴妃の美しさと同格に扱うほど、スペシャルな花だったようです!
七十二候「牡丹華(ぼたんはなさく)」は、ちょうどゴールデンウィークくらいの時期。牡丹は春の終わりに咲く花として知られていますが、二期咲きの性質を持つ品種があるのですね。このうち冬咲きのものが寒牡丹と呼ばれています。着花率2割以下といわれるこの花を、技術を駆使して開花させたものが「冬ぼたん」。花の少ない冬に、お正月の縁起花として喜ばれています。
上野東照宮の「ぼたん苑」では、冬ぼたんが見頃を迎えています。霜よけの藁囲いに包まれて咲く牡丹たちからは、豪華絢爛なオーラが! また、蠟梅、満作、早咲きの梅などの花木も苑内に彩りを添えています。お休み処では温かい甘酒やお茶などもいただけますよ。グレーがかった冬を艶やかに彩る牡丹さんたちを愛でながら、華やいだ気分でお散歩を楽しんでみてはいかがでしょうか?
◇『第37回 上野東照宮・冬ぼたん』◇
期間:2019年1月1日(火)~2月24日(日)
時間:9時30分~16時30分(入苑締切)
入苑料:700円(小学生以下無料)
問い合わせ:03-3822-3575(ぼたん苑)
※詳細は公式サイトをご参照ください
ところで、なぜイノシシの肉を「ぼたん」と呼ぶの?
「ぼたん」といえば、イノシシ。イノシシの肉が入った鍋物を「ぼたん鍋」と呼んだりしますね。なぜ、このような呼び名になったのでしょうか? それには諸説あるようです。
薄く切ってお皿に並べた生の猪肉が、牡丹の花のよう♪ というのが、そのひとつ。真紅の肉を囲む白い脂肪もまた、赤い花びらのふちが白っぽかったりする牡丹とそっくり! 加熱するとその脂肪分がヒラヒラ縮れる感じも、牡丹ぽい! などともいわれています(猪肉がいつ頃からこのようなお花状に盛られていたのかは不明ですが…)。
ぼたん鍋は「しし鍋」とも呼ばれますね。さすがに「獅子ってライオンの肉?」と思う日本人はまれかもしれませんが、じつはここにも「ぼたん」との関係が!?
「しし」=「獣肉」。イノシシの語源は、「イ〜と鳴く食べられる獣」という意味からきているといいます。じつはイノシシは、縄文時代にはすでに食用として飼育されていたともいわれ、弥生時代の遺跡からは、飼育の痕跡を残すイノシシの歯や骨が多数出土しているのだそうです。それが改良されたものが豚というわけですね。イノシシは食肉の元祖、「しし」の代名詞だったのです。ではそれがなぜ「ぼたん」につながるかというと…「しし」=「獅子」だから!
獅子とはライオンではなく、霊獣です。肉を食べると霊力がみなぎるイメージでしょうか。
百獣の王である獅子と、百花の王である牡丹。この組み合わせ「唐獅子牡丹」は、古くから最高に縁起がよいものとされてきました。有名な能の『石橋(しゃっきょう)』では、菩薩に仕える獅子が、山一面に咲き誇る紅白の牡丹に戯れながら舞を演じます。任侠の世界でも大人気(その理由が気になる方は、関連リンクの『牡丹華』をどうぞ♪)。獅子にとって、牡丹の花は安心して休める隠れ場であり、獅子の霊力をコントロールする働きをしているという説も。「しし(獅子)」と「ぼたん(牡丹)」には、深〜い関係があったのですね。
お花を食べてるふりをしてでも食べたい「ジビエ」!
さて、「ぼたん鍋」のほかにも、鹿肉が入った「もみじ鍋」、馬肉が入った「さくら鍋」、鶏肉が入った「かしわ鍋」…などと、鳥獣のお肉はなぜか調理時に植物化?するようです。なんとそこには共通の秘密が。美しい呼び名は、お肉を「言い表すため」ではなく、「言い表さないため」に付けられていたのです。
7世紀の「大化の改新」後、仏教伝来により肉食が禁じられたことは、日本の食文化に大きな影響を与えました。公権力による肉食の制限は、明治天皇が「肉食解禁」を宣言するまで、かたちを変えながら延々と続いたのです。日本人はいつしか「肉を大っぴらに食べられない」民族に…! とはいえ、そんな時代にあっても、狩猟をしたり家畜や家禽の飼育をしていた人はいました。また、さまざまな理由をつけて、人々は肉を食べていたのです(禁じられると食べたくなるのも人間の性)。でも公言するのは憚られたため、「(お肉じゃなくて)お花や葉っぱを食べてることね」という、逆おままごとみたいな設定でお食事していたのですね。そんな禁断の肉食から、郷土料理や地方の特産品が生まれた例も少なくないようです。
猪肉を食べると体が温まることから、「(お肉じゃなくて)薬食い」とも称されました。ぼたん鍋は、猪肉を薄切りにし、鍋に醤油仕立てか味噌仕立てのタレを入れ、野菜やキノコとともに煮ながら溶き卵につけて食べるのが、一般的です。猪肉は煮れば煮るほどやわらかくなるので、煮詰まっても美味しく食べられるのが特徴。特有の野性味と濃厚なうまみがあり、とくに脂肪がクセになる美味しさ!! と絶賛されています。味的には豚肉に近く、焼肉やクリームシチュー、ハンバーグ、唐揚げ、肉じゃが、すき焼き…と、あらゆる料理にマッチ。鉄・亜鉛・銅・ビタミンB2、B12は豚肉より多く、太りにくくてアンチエイジング効果も期待できるという、注目の食材なのです。
近年日本でもブームになっている「ジビエ」とは、狩猟で得た天然の野生鳥獣の食肉を意味するフランス語です。自分の領地で狩猟した獲物は、貴族にとって特別な恵みでした。もともと人間は、その土地で生きるものの生命をいただいて、感謝を捧げながら生きてきたもの。ジビエをめぐるさまざまな課題は、人と自然の営みに直結しています。地域おこしとして野生のイノシシを捕獲し食する試みをしている地域や、郷土料理のぼたん鍋が味わえるお店も各地にあるようです。興味のある方はぜひ、昔人のように「冬ぼたん」で霊肉ともに温まってみてはいかがでしょうか?
〈参考文献・サイト〉
『うまい肉の科学』肉食研究会(サイエンス・アイ新書)
『日本ジビエ振興協会』公式サイト