明治大正期に「情痴作家」と呼ばれた近松秋江の評伝。代表作は私小説が多いが、主人公は今でいう「ストーカー」だ。
別れた妻の足跡をたどり日光まで追いかけ、旅館の宿帳をしらみつぶしに調べたり、京都の娼婦にのめりこみ、貢いだ挙げ句に逃げられ、山奥まで追いかけたり。全て自身の実体験に基づいたもので、恥も外聞も無く醜態を晒し文壇に驚きを与える。
結婚し、落ち着くが、同時に文壇では過去の人に。晩年は失明し、経済的にも困窮する。淡々とした筆致が、秋江の不遇を浮き彫りにする。
著者は久米正雄や里見とん(とんは弓へんに享)などの評伝を手がけてきた。今回も気になりながらも誰も踏み込まなかった秋江の人生に光をあてた労作。現代では広く親しまれている作家ではないが、本書を読むと俄然読みたくなるだろう。 (栗下直也)
※週刊朝日 2019年1月25日号