
■プライスレスな靴への思い入れ
クライミング歴30年の倉持章子さん(57)は愛用の靴を修理に出した。スポルティバのアプローチシューズ。クライミングのポイントまで登るときに履く専用シューズだ。17年、観光でスイスに行ったときクライミング用に持っていった靴がダメになり、スイスの友人に勧められて買ったという。靴底(ソール)の凹凸(グリップ)がツルツルになって滑りやすくなっていた。
「傷んでいるのはソールだけで、上部は傷んでいない。新品は日本でも入手できる靴のはずですが、スイスで履いた思い出があるし、足にも馴染(なじ)んでいたので修理してもらおうと」
ところがメーカーから、リソール(靴底の張り替え)対象の靴ではないと言われた。修理してくれるところを探して行き着いたのが、こちらも靴修理大好き職人がいるナカダ商会(埼玉県川口市)。ダメ元で頼むと快く引き受けてくれた。
「クライミング用のシューズを修理に出したのは初めてで半信半疑でしたが、修理したとは思えないくらい新品のように直ってきた。履き心地もそのまま、悪路でも吸い付くように踏み出せて非常に満足できました。普段履いている靴や傘は修理して使うタイプの私としては、これまでクライミングのシューズはソールがすり減っただけで買い替えていたことを後悔しています」
倉持さんと同じく直して使うメリットを知り、2度目の修理をナカダ商会に頼んだのがテレビ関係の会社で技術職をしている寺井政智さん(54)。取材現場で履き続け、足に馴染んだトレッキングシューズを再び修理してもらった。
「靴のせいで滑って転んだら事故に結びついてしまう。新品が安全と思っていた。買えば2万円くらいですが、修理に出すだけで1万数千円かかる。それでも修理に出したのは思い出の靴だからです」
東日本大震災の被災地を仕事で訪れた際にこのシューズを履いていた。4年前、高齢の親の介護のため実家に戻り、心機一転を図っていたときも履き続け、愛着がある。
「自分事でしかない思い入れですが、僕にとってはプライスレス。修理をお願いするとき、そんなことを話したら職人さんがその思いをくんでくれたんです。消耗品である靴を延命させてくれる魔法使いのような職人さんがいると知りました。修理に出せば、そうした職人さんたちの支援にもなると思っています」
買い替えていたら得られなかった出会いに恵まれる。これも「修活」ならではの喜びだろう。(本誌・鈴木裕也)
※週刊朝日 2023年1月20日号