『心地よい絶望』Ky 仲野麻紀 ヤン・ピタール
『心地よい絶望』Ky 仲野麻紀 ヤン・ピタール
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『旅する音楽 サックス奏者と音の体験』仲野麻紀>
『旅する音楽 サックス奏者と音の体験』仲野麻紀>

 ここ数年、来日ミュージシャン公演に素晴らしいものが多く、海外の最新動向がダイレクトに伝わることでジャズ・シーンがたいへん活性化しています。また、上原ひろみや挟間美帆、そして黒田卓也、ビッグユキなど、海外で活躍する日本人ミュージシャンの動きもジャズの国際化を強く印象付けています。
 ただ、来日ミュージシャンについてはニューヨークに限らずUKのゴーゴー・ペンギンなど、ワールド・ワイドな情報が伝わって来ますが、海外で活動する日本人ミュージシャンとなると、まだ「アメリカ帰り」に偏りがち。というわけで、今回はパリを活動拠点とし、アラブ世界、アフリカ大陸にまで足を延ばしている魅力的な日本人ジャズ・ミュージシャンをご紹介したいと思います。

 サックス奏者、仲野麻紀の演奏を最初に聴いたのは意外なシチュエーションでした。2013年に青山のCAYで見た、ブルキナファソのバラフォン奏者たちのグループとの共演だったのです。バラフォンというのは、木琴に似たアフリカの民族楽器。ブルキナファソは西アフリカに位置する国で、旧フランスの植民地。そうした関係で、パリにはブルキナファソなど、フランス語圏のアフリカ系ミュージシャンが多数活動しているようです。
 彼らの音楽に魅せられた仲野さんは、友人関係を辿り自らブルキナファソに赴き、彼らと共演したばかりでなく、「カバコ」というバラファンのグループを日本に招聘し、共演したのです! この招聘までのドラマチックないきさつは、彼女の新著『旅する音楽 サックス奏者と音の体験』(せりか書房)に詳しいので、ぜひご一読をお勧めいたします。文章も素晴らしい。

 この意外な共演で驚いたのは、「カバコ」の音楽の持つ独自性をまったく阻害することなく、仲野さんのサックスが魅力的だったことです。その魅力の源泉は、サックスの音色の多彩な表情にありました。そこに焦点を当てて聴くと、旋律はもちろんリズムも音楽の構成自体もまったくジャズではないのですが、私には優れたジャズ・ミュージシャンの演奏を聴くときと同じ感動を与えてくれたのです。

 仲野さんはKy(キィ)というグループを率いています。彼女のサックスとヤン・ピタールさんのウード、ギターによるチームで、二人の息の合った演奏が素晴らしい。ウードは琵琶に似た形の弦楽器で、音色もちょっと似ています。ウードの深みのある音色と仲野さんの表情豊かなサックスが醸し出すサウンドは、聴き手の想像力を豊かに刺激する魅惑的なもの。

 今回Kyによる素敵な新譜が出たのでご紹介したいと思います。『心地よい絶望』(OTTAVA)と題され、エリック・サティの《グノシェンヌ1番》が冒頭に収録されています。ピタールさんのウードに先導されサティの旋律が始まりますが、琵琶に似た音色のため、まるで「平家琵琶」のような趣も。やがて始まる仲野さんのサックスは完璧なテクニックに支えられた音楽性豊かなもの。アルバムの内容はジャズの概念を広げる意欲的なもので、仲野さんのサックスといいピタールさんのウードといい、それぞれの個性が醸し出す極上の音楽世界はまさにジャズ・ファンが求めていたものなのです。

 余談ですが、私は前出の彼女の新著を読んで、彼女の魅力の秘密がわかったような気がしました。それは彼女が、音楽をその本質的な部分で捉えていることが叙述から明確に伝わって来たからです。その本質とは、アフリカの大地だったりあるいは日本のお祭りだったりという音楽が演奏される「場」の問題であり、また「演奏する喜び」そしてそれを「人々と共に聴く喜び」という、商業音楽シーンが忘れがちな音楽にとってもっとも大事なことだったのです。最後に付け加えると、彼女は歌もたいへん魅力的で、声の表情に人柄の好ましさが滲み出ています。[次回5/27(月)更新予定]