1988年3月、日本ミドル級王座獲得(本人提供)
1988年3月、日本ミドル級王座獲得(本人提供)

 90年には、憧れの菅原文太さんと阪本監督の作品「鉄拳」で共演。91年の日本アカデミー賞新人俳優賞に選ばれた。

憧れの菅原文太さんと共演した映画「鉄拳」(1990年10月公開)で、大和さんはアカデミー賞・新人賞を受賞した
憧れの菅原文太さんと共演した映画「鉄拳」(1990年10月公開)で、大和さんはアカデミー賞・新人賞を受賞した

「文太さんとご一緒できるなんて本当に夢みたいでした。ロケ地は高知県大正町(現、四万十町)で、7月中旬から2週間ほどの予定だったんですが、台風が5回も来ちゃったから延びに延びて1カ月くらい泊まり込み。毎晩、宴会でしたよ」

 付き人がうらやむほど菅原文太さんと親しくなり、クランクアップ後、所有していた愛車コレクションの中から「アメ車」のシボレー・ブレイザーをプレゼントされた。

「すごくうれしかったんですが、日本車に比べ、ふた回りほど大きいから駐車場代が高い高い。当時、住んでた世田谷区内のアパートは家賃6万円なのに駐車場代が5万円かかった。ボクシングの稼ぎが少ない新人俳優の俺にとっちゃ、毎月の支払いが大変でした(笑)」

 ボクシング界から引退したのは92年。その後は、映画「トカレフ」「修羅がゆく」、Vシネマでは「ボディガード牙」「牙直人闘龍伝」の各シリーズに主演するなど、こわもての個性派俳優として引っ張りだこに。一方で飲食店経営にも進出。広尾でラウンジを経営したのもその一つだった。

 だが、「てんぐになって周りが見えなくなっていた」(大和さん)。2度の結婚離婚。そして3度目の結婚から7年後の2008年には、飲食店で酔っ払い、店主を殴るなどして傷害容疑で、13年には覚醒剤取締法違反容疑で逮捕され、家族以外、全てを失った。

「自暴自棄になったこともありました。いくら後悔しても後戻りできないもどかしさ。心底、反省したね」

 薬物事犯の怖さは常習性、依存性にある。芸能人や元芸能人で何度も逮捕されているニュースはよく見る。

 しかし、大和さんは更生した。彼らとの違いはどこにあるのか?

「家族の支え、でしょうね。それと俺の場合は子どもの存在です。シャブでパクられた時は、今は社会人の長男と高2の長女がまだ小さくてさ。『2人が学校でいじめられたり、将来、不利益を被るんじゃないか?』って思ったら、居ても立ってもいられなくて……」

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セリフ合わせに付き合ってくれたのは誰?