高校野球を裏方として支える審判だが、近年は高齢化も進み、北海道や九州、四国など、なり手不足に悩まされている地域もあるという(写真はイメージです)(写真=iStock / Getty Images Plus)
高校野球を裏方として支える審判だが、近年は高齢化も進み、北海道や九州、四国など、なり手不足に悩まされている地域もあるという(写真はイメージです)(写真=iStock / Getty Images Plus)

日常生活でもルールに厳格に

 甲子園のおひざ元、兵庫県高野連には約150人の審判が所属している。

 そのひとりで夏の第84回大会(2002年)から春夏17回ずつ「レギュラー審判」もつとめ、昨年審判を退いたのが宅間寛(ゆたか)さん(61)だ。

 宅間さんは、広島商の捕手として第63回大会(1981年)に出場。立命館大を経て、神戸製鋼の野球部でも6年間プレーし、先輩の誘いで審判になった。

「キャッチャー経験は審判でも生きて、バットとボールが当たる瞬間に目を閉じることはないですね。捕球時にミットを動かすキャッチャーがいると、『ストライクに見せたいから動かすんやろ、動かしたらボールでいいよな』と、話しかけていました」

 ストライクとボールはあくまでもベース上での判断。プロ野球では「フレーミング」と呼ぶ技術のひとつだが、高校野球などではミットを動かす行為は禁じられている。

 宅間さんは春夏1回ずつ決勝の球審もつとめた。夏は第101回大会(2019年)の履正社−星稜戦だった。

 履正社の井上広大(現・阪神)は初回、星稜の投手・奥川恭伸(現・ヤクルト)の外角のスライダーを見逃し三振。井上はその判定に対して少し不満げだったという。

「履正社の4番が『そこを平然と見送ってどうするんや』と思いました。すると次の打席では初球の同じボールを、狙ったようにバックスクリーン左に逆転スリーラン。『やるやんけ』と感心しました」

 この大会中、宅間さんが一塁塁審のとき、球審が熱中症になる場面にも遭遇した。

「一塁から見ていても、足がけいれんしているのがわかりました。早く八回が終われと心で叫び、終わった瞬間走って『もうアカンから、交代しろ!』と。すると目が泳いでいるのに『大丈夫です』と言います。やっぱり責任感なんでしょう」

 球審は八回終了時に交代、点滴を受けて事なきを得た。第3試合で気温も湿度も高かったという。すり鉢状の甲子園は、名物の「浜風」などがないと暑さが倍増する。いまは五回終了時の「クーリングタイム」で「かなり助かっている」そうだ。

 宅間さんは審判になってから、日常生活においてもルールに厳格になったという。

「高校野球は教育の一環で、審判はグラウンドで唯一の大人、グラウンドティーチャーです。審判をやる前は赤信号でも車が来なければ渡ったりしていましたが、いまは誰も見ていなくても絶対に渡らない。ただ、少しお酒に酔っぱらうことはありますが、それは勘弁してください(笑)」

 今大会の出場は3396チーム。単純計算でその半数が1勝もできずに敗れ去る。

「甲子園での1敗も、地方大会での1敗も3年生にとっては同じ悔しい敗退です。彼らが将来、野球をやってよかったと思えるように、審判として最後の夏を無事に送り出したい一念でやってきました」

 こんな「黒衣」たちが、今年の夏も高校野球を支えてくれている。

(文=守田直樹)

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