『姜泰煥』姜泰煥
『姜泰煥』姜泰煥
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 1994年に来日したのは134組だ。連載の第68回で補記したように1993年の来日数はつかめないが92年は216組だった。2年で38%減がバブル崩壊を物語る。38組の新主流派/新伝承派/コンテンポラリーが首位に立ち、33組のフュージョン/ワールド/ニューエイジ、27組の主流派、14組のヴォーカル、8組のフリー、7組のR&B/ファンク、同数のビッグバンドが続く。順位は1992年と大して変わらないがヴォーカル、フリー、R&B/ファンクが半減し、トラッド/スイングは見当たらない。

 参加作は前年から3作減の27作だった。ホール録音を含むスタジオ録音は20作あり日本人との共演は19作、15作が和ジャズだ。ライヴ録音は7作あり日本人との共演は推薦盤の1作だけで、和ジャズではない。これら7作から姜泰煥『姜泰煥』を取り上げる。選外作の評価や除外要件はページ下部の【1994年 選外リスト】をご覧いただきたい。なかでは、マーク・リボー『ヨー! アイ・キルド・ユア・ガッド』が似非亡命キューバ人楽団系にノイズ系にエスニック・インプロ系にと、楽しく狂った快作だ。では姜泰煥『姜泰煥』を。

 姜泰煥、ほぼカン・テー・ファンと表記されている。東アジアの至宝とも謳われる韓国ジャズ界の巨星だ。1944年にソウルで生まれ、9歳でクラリネットを始め、進学後にジャズと出会ってアルトサックスに転向、68年に自己のグループを、78年に韓国初のフリージャズ・グループ「姜泰煥トリオ」を、91年に佐藤允彦らと「トン・クラミ」を結成、単独活動が中心となってからは内外の多くのミュージシャンと共演を重ねてきた。トリオ時代の1985年に初来日、2016年までの来日は少なくとも24度を数える。

 推薦盤は、1994年に岡山市の「ペパーランド」と防府市の「カフェ・アモレス」で収録された。後者の経営者が姜のCDを出す目的でスタートさせたレーベルの第一弾だ。ニューヨークのフリー・インプロ奏者、ネッド・ローゼンバーグ(アルト、バスクラ)、大友良英(ターンテーブル)との公演からソロ、彼らとのデュオ、トリオ演奏を収める。

《カン ソロI》
 循環呼吸法による極太の持続音がひとしきり、姜泰煥が初めての方は「アルトなの!」と驚かれるのでは。やがて中高音域の断片的フレーズを散発的にからめ執拗な反復でピークに達すると、極太の重音奏法にたたみかけや高音域の持続音を交え、極太の持続音で終える。豊かなダイナミクスと優れた構成力を両輪としてうちなるものを表現し尽くし、内面の旅に付き合ったかのような深い余韻を残す。姜を代表する名演だ。

《カン+ネッド デュオI》
 ネッドはバスクラを構える。相手のあるデュオともなれば姜の勝手にはならず、対決か協調か無視かということになる。ここでの両者は協調路線と言っていい。とはいえ予定調和とは無縁で、互いの主張を抑えることなく緊張感に満ちたインタープレイを繰り広げていく。姜のアプローチは全体の構成を意識した即席作曲的な《ソロI》とは異なり即興演奏本位、まとまりは及ばないが別種の凄みが知れる快演だ。

《カン+大友 デュオⅡ》
 こちらのデュオも結果的には協調路線と言っていだろう。大友は幾分挑発的だが、姜は煽られることなく刺激を触媒として演奏を深化させていく。アプローチは《ソロI》と《デュオI》の間にくる。大友は音の引き出しを自在に操り、時にエスニックな時にスペイシーな空間を現出させていく。姜の桁外れのダイナミクスと大友の瞬発力が光る創造性があいまった、スケールが大きく精神性の高いデュオ名演だ。

《カン ソロⅡ》
 こちらは重音奏法は控え目、トーンと音域はテナーに近いだろう。テンポを上げて反復をたたみかける場面もあるが、概ねゆったりしたテンポで吹き通す。これもやはり構築性に富む。シャーマンの瞑想をも想わせる、《ソロI》に次ぐ名演だ。

《カン+ネッド+大友 トリオ》
 ネッドはバスクラとアルトで。相手が複数とあって、それぞれが声高に主張して無意味な阿鼻叫喚に陥るのを嫌ったように思える。良く言えば協調的だが悪く言えば探り合いのまま、ありがちなフリー・インプロに終わったようだ。

 2015年の再発時には新たに2枚組LPも用意された。姜を中心にしたCDに対してLPは三者の公演に重きが置かれている。未発表だったネッドの《ソロⅠ》《ソロⅡ》、姜とネッドの《デュオⅡ》の3曲が追加収録され、姜の《ソロⅡ》はカットされた。

 決して万人向けとは言えないが、阿鼻叫喚の雑音もどきではないし、邦楽に近い旋律や内省的なアプローチもあって、同じ東アジア人には親しみやすいフリー・インプロ作ではないだろうか。なかでも《ソロI》は東アジアのフリー・インプロ史上、一つの到達点を示した重要な記録であり意を決して取り上げた。意を決して聴いていただければと思う。

【1994年 選外リスト】fine>good>so-so>poor
Music Forever and Beyond/Chick Corea (GRP/?) fine, *1
Yo! I Killed Your God/Marc Ribot (Tzadik/?) fine, *2
Concerts Inedits/Michel Petrucciani (Dreyfus/August 14) good+, *3
The Osaka Concert/Barney Wilen (Trema/October 20) good+
Solo Piano Recital-Live In Japan/Richie Beirach (Zyugemu/October 31) good
Heavy Jazz Live in Helsinki and Tokyo/Pekka Pohjola (Pohjola/November 19) *4

*1: compi (1964-96), 1/48 on the date.
*2: compi (1992,94), 3/14 on the date, 10/14 in US, 1/14 in Zurich.
*3: compi (1993,94), CD3 on the date, CD1 in Antibes, CD2 in Copenhagen.
*4: compi (1994,95), 2/11 on the date, 9/11 in Helsinki, Rock oriented.
※コンピの評価は当該演奏のみ。

【収録曲】
Kang Tae Hwan/Kang Tae Hwan

1. Kang Solo I 2. Kang+Ned Duo I 3. Kang+Otomo Duo I 4. Kang Solo II 5. Kang+Ned+Otomo Trio

Kang Tae Hwan (as), Ned Rothenberg (bcl, as), Yoshihide Otomo (turntables).

Tracks 1, 2, 4: Recorded at Cafe Amores, Hofu, on September 1, 1994.
Tracks 3, 5: Recorded at Pepperland, Okayama, on August 30, 1994.

【リリース情報】
1995 CD Kang Tae Hwan/Kang Tae Hwan (Jp-Chap Chap)
2015 CD Kang Tae Hwan/Kang Tae Hwan (Jp-Chap Chap)
2015 2LP Solo Duo Trio/Kang Tae Hwan (Jp-Chap Chap)

※このコンテンツはjazz streetからの継続になります。

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