
金沢刑務所内での不適切な医療を公益通報した医師が雇い止めに──。“塀の中”で何が起きているのか。AERA 2025年8月11日-8月18日合併号より。
【写真】金沢刑務所。本誌の取材に「施設運営上の観点からお答えは控えさせていただく」
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カビだらけの診察室。床には廃棄物が山のように積まれ、20年前の酸素ボンベが放置されていた。
「とても医療現場とは呼べない場所。これでは、患者の命を守れないと思いました」
2022年1月、金沢刑務所で非常勤医師として勤務を始めた女性医師(49)は、その光景に言葉をなくした。矯正医療を通じ、受刑者の改善更生に寄与したいという思いから刑務所の医師になったが、実態は違っていた。
医療も杜撰だった。糖尿病で服薬中の患者に対し、数カ月から1年にわたり血液検査を全く実施しないケースが散見。高血圧患者の血圧を測ることすらなかった。
翌23年4月、女性医師は診療所の管理者である医務課長に就任すると、「改善プロジェクト」を立ち上げ、医療の改善を呼びかけた。まず不衛生な診察室などハード面の改善に着手した。しかし、職場の空気は冷ややかだった。汚い診察室をきれいにしても喜ばれる様子もない。それどころか、「やばい指示を出す医者」という誹謗中傷が広まった。やがて、患者への不適切な医療が頻発した。中心となったのは、常勤の外科医師と看護師長だった。
例えば、外科医師は、複数の糖尿病患者に対してインスリンを突然中止して放置した。また、目が腫れて明らかな異常があるにもかかわらず点眼薬のみを処方し続け、結果的に眼球全摘が検討されるまで悪化したこともあった。看護師長は、摂食障害を抱える受刑者への点滴を指示したにもかかわらず「点滴を勝手に抜く」という理由で行わなかったケースもあったという。
幹部が「死ななければいい」十分な調査が行われない
刑務所や拘置所など矯正施設の医療は、刑事収容施設法56条に基づき、「社会一般と同水準の医療を受けること」が保障されている。それにもかかわらず命を軽んじるような医療行為に、女性医師は根強い差別意識を感じたと言う。
「罪を犯した人には、時間も労力も予算もかけて医療を施す必要はないという差別感情、あるいは処罰感情のようなものが背景にあると思いました」
実際、幹部である総務部長(当時)に訴えたところ、「矯正医療は被収容者が死ななければいい」と言い切った。さらに、「東京拘置所では医師を2人辞めさせてきた」などと高圧的な発言も繰り返した。処遇部長からは、執務室への入室禁止や急患以外は診察しないよう命じられたという。幹部に訴えても状況が改善されないと判断した女性医師は、共に改革を進めてきた非常勤の女性医師(58)らとともに、24年5月から今年2月までの間、5回にわたり法務省矯正局に公益通報した。公益通報した非常勤の女性医師はこう話す。