
「刑務所内の受刑者を蔑む対応には、非常に根深いものがあります。改善されるよう期待しました」
だが、名古屋矯正管区(当時)の職員が一度、来所しただけで、十分な調査が行われず「不適切な医療行為は認められなかった」とした。
そればかりか今年2月、女性医師は突然、本人との協議もなく、別の矯正施設への異動を告げられた。処遇部長に異動理由を問うと「理由は述べるものではない」と一蹴された。共に公益通報を行った非常勤医師と非常勤看護師は「予算不足」を理由に突然雇い止めを告げられた。だがその後、別の非常勤医師が新たに雇用された。異動も雇い止めも、公益通報が理由としか考えられなかった。
「金沢刑務所における不適切な医療の実態を隠蔽し、幹部職員らの不当な行為を放置した法務省の公益通報書の結果には到底納得できません。第三者的な公平な立場の人が、医療の実態も含めて徹底的に調査してほしいと願っています」(女性医師)
医師へのアクセスと医療水準に問題がある
“塀の中”で、何が起きているのか。
矯正施設の医療問題に詳しい龍谷大学の赤池一将名誉教授(刑事法学)は、刑務所などでの医療には(1)医師へのアクセス、(2)医療水準──この二つの問題があるという。
「まず、詐病が多いとの理由で、医師ではない医務部の職員が医師の診療の可否を決めているため、医師へのアクセスが大幅に制限されています。医師不足も一因。もともと定員の8割ほどの時期が長かったのが、刑務官が受刑者を死傷させた名古屋刑務所事件を機に03年の国会審議で問題になり、翌年の新臨床研修制度導入で、大学医局からの派遣が絶たれ、さらに深刻化しました」
15年には、矯正医官特例法により勤務条件が改善されたが、医師の数は一度も定員に達することなく、昨年は定員327人に対して矯正医官は284人など、現在は再び減少傾向にある。
「そして刑務所の医療予算は年約50億円と、1人あたりで国民一般の約3分の1以下に過ぎません。そのため、本来の診療ガイドラインに沿った治療ができず、検査させず手遅れになるケースは少なくありません」
金沢刑務所での「被収容者は死ななければいい」という幹部発言の背景には、矯正施設特有の思考があると赤池名誉教授は言う。
「矯正施設では医療は被収容者の健康自体より、刑務所にいる間に受刑者の病状が悪化して取り返しのつかない深刻な容体にならないかに判断基準が置かれる。矯正施設の医療は社会復帰に向けた被収容者の健康回復のためではなく、刑の執行のためあるというわけです。当局が『命を軽く扱ってはいない』としながら、検査や治療が遅れてしまう理由です」
(AERA編集部・野村昌二)
※AERA 2025年8月11日-8月18日合併号より抜粋
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