この業界に私も以前から関心を持っていた。そこに寄せられた冒頭の電話は、おかしなM&A取引が繰り返されているようだ、という内容だった。悪質と思われる買い手と、買収先の企業群を教えてもらえたが、具体的な中身は自分で確認するほかない。

 取材は一筋縄ではいかなかった。

 最初に当たった事例は、売り手が契約後に会社を手放すのが惜しくなり、白紙撤回後に役員登記を勝手にされるなどの被害に遭ったという内容で、たしかに悪質ではあるが特殊なケースであるように思えた。

 次に当たった事例は、買い手が契約で約束した経営者保証の解除をせず、経営にもほとんど関知せずに事業が停止していた。ただ、買収先と買い手の間の金銭の行き来を追ってみると、買い手は少なくない資金を買収先に援助していて、利益を得た形跡が見当たらなかった。

 これでは買い手側の狙いがわからないうえに、記事にしても読者の共感は得にくいと思えた。

 私は買収先の経営者らに手紙を書いた。被害者の会を立ち上げたという人物らの協力も得つつ、最終的には十数人の売り手から詳しい経緯を教えてもらえた。そうしてようやく、「悪質な買い手」の実像が見えてきた。

 一つひとつのM&Aは、経緯も背景も異なり、仲介した業者もばらばらだ。なかには買い手が損失を被るケースさえあった。それでも、事例を積み上げていくと、買収先が持つ現預金を引っこ抜き、契約で約束した経営者保証を外さない、という点が多くの事例で共通している。ここに彼らの悪質さが凝縮されている。

 とはいえ、買い手の悪質さを立証するだけではまだ足りない。この取材は当初から、悪質な買い手を追及するよりも、そのような買い手を紹介して多額の報酬を稼ぐ仲介ビジネスの実態を明らかにすることに照準を合わせていた。

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