
朝日新聞記者として数々の中小企業を取材してきた藤田和也さんが、7月に著書『ルポ M&A仲介の罠』を上梓した。「M&A」。誰もが一度は耳にした単語ではないだろうか。だが、中途半端な知識で手を出すのはあまりに危険と、本書は警鐘を鳴らしている。
藤田さんが紹介する具体的な事例の数々と業界の対応をご覧いただき、M&A仲介と、業界の未来について共に考えてほしい。
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中小企業に明日はあるのか
きっかけは、携帯にかかってきた1本の電話だった。
「ちょっと変なトラブルが起きているようで、藤田さんなら興味があるんじゃないかと。ただのトラブルではなく、業界の構造問題が見え隠れするからね」
相手は金融関連の事件で付き合いのある取材先だった。2024年1月下旬のことだ。
私の取材は往々にして、こんなふうに始まる。結果的に記事にならないものも少なくないが、なかには徐々に話題になって膨らんでいくものもある。
名指しされた業界とは、「M&A仲介」を指していた。会社や事業を売り買いする「売り手」と「買い手」を見つけて引き合わせ、取引を成約させることで報酬を稼ぐビジネス。不動産仲介業の「会社・事業版」と言えるだろう。
大企業のM&Aであれば、大手の証券会社や銀行などが各社のアドバイザーを務め、多額の手数料を稼ぐ。だが、中小企業の売買では取引額が小さいため、大手では商売にしづらい。
そこで近年、日本で台頭してきたのがM&A仲介業者だ。買い手と売り手の双方から報酬を受け取る「両手取引」により、M&Aの手続きをサポートする。資格も免許も不要で、誰にでもすぐに始められる仲介ビジネスがここ数年で急成長を遂げていたのだ。