
英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。
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今夏、英国はオアシスとブラック・サバスの再結成に熱狂している。オアシスに至っては、ベストアルバムや過去のアルバムがUKヒットチャートの1位、2位、4位を独占し、まるで30年前に戻ったみたいだ。マンチェスターではオアシス写真展、バーミンガム博物館・美術館ではオジー・オズボーンの功績をたたえる展覧会も行われている。
オアシス再結成ツアーの経済効果は約10億ポンド(約2千億円)だという。が、往年のビッグバンドのスタジアムツアーが大金を生み出す一方で、ライブハウスやパブは虫の息だ。
オアシスが初めてのツアーで演奏した34の会場のうち、現在でも営業を続けているのは11軒。2023年だけで、草の根レベルのライブハウス125軒が閉鎖された。開発業者によるジェントリフィケーションがその陰にある。歴史あるライブハウスが次々とこぎれいなワインバーや高級マンションへと姿を変えていくが、小規模なライブ会場がなくなったら、次のオアシスやブラック・サバスはどこで育ち、発掘されるのだろう。
23年に行われた初のミュージシャン国勢調査によると、ほぼ半数が年間1万4千ポンド(約280万円)以下の収入しかなかった。音楽業界における労働者階級出身者の割合の著しい減少が嘆かれて久しい。オアシスのノエル・ギャラガーは、現代の労働者階級のティーンには、「ギターを買う余裕がない」と語ったことがあった。
社会全体の経済格差拡大を反映し、ロック界の格差も開き過ぎて、草の根のほうは瀕死寸前だ。アリーナやスタジアム公演に課税し、若いアーティストを育てる小規模ライブ会場の支援に回すという議論もあるが、実現には至らない。高齢のレジェンドは安泰だが、若い才能は進出できない構図が続く。音楽評論家でもあったマーク・フィッシャーなら、資本主義リアリズムがあらゆる新しいものを消滅の道に導いていると言うだろうか。日本では、「政治はロックだ!」というスローガンを掲げた政党もあるようだが、本場英国では、もはやロックは格差拡大と階級固定を映す鏡である。最もフレッシュでない、アンクールな状況を象徴する言葉だ。
※AERA 2025年7月28日号
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