姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 参院選の選挙戦は佳境に入り、さまざまな予測が飛び交っていますが、選挙で何が問われているのか、それを考える上で、生活保護費の引き下げ処分を「違法」とする判決は、ひとつのヒントとなるはずです。

 これまで、長期の安定雇用を確保するために非正規を増やし、それで経済的ショックを緩和してきました。それは非正規雇用者をはじめ社会的弱者を直撃し、結局、日本経済は内需が回復しないまま、物価上昇分に実質賃金の伸びが追いつかない生活苦が続いています。こうしたシステムを「収奪的システム」(河野龍太郎著『日本経済の死角』)と呼ぶとすれば、このシステムを維持したまま、場当たり的に給付や減税をしても経済格差を縮め、消費を喚起することは不可能です。

 日本経済に飛躍的な実質成長が期待できず、トランプ関税で製造業も不振を余儀なくされる可能性があるとすれば、所得再配分の機能をより拡大強化して家計の可処分所得を増やし、内需を喚起していくしか妙案はないのではないでしょうか。

 結局、大企業の内部留保が膨大に貯まり、人的資本への投資が削減され、非正規雇用を増やしてきたツケが回っています。膨大な内部留保を経済の好循環のために投入していくための税制改革や所得再配分の機能の見直しが進まなければ、社会のセーフティーネットは収縮し、そこから排除されていく人々が増え、社会の持続可能性が不安定になり、例えばドイツの「ドイツのための選択肢」(AfD)のような極右的な政党が台頭して来ざるをえなくなるのではないでしょうか。特に若年層や壮年層に被剥奪感が増大し、そうした政党の共鳴板になりつつあります。日本も今度の参院選を皮切りにEU諸国に見られる反移民、反外国人の世論が拡大していく可能性があるようです。日本経済をジリ貧に追いやらないためにも生活苦を緩和し、誰もがセーフティーネットによって救われているという感覚が持てる所得再配分機能の立て直しが必要です。「排除」ではなく、「包摂」が、たとえきれいごとのように聞こえても、社会の持続可能性に資することを確認したいと思います。選挙もそうした視点から一票を投じてほしいと思います。

AERA 2025年7月21日号

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