
現在はスポーツ事業を行う。著書に「熟達論:人はいつまでも学び、成長できる」「Winning Alone」「諦める力」など(photo 本人提供)
かつて地味なスポーツと言われた陸上競技。最近、その人気が高まっている。各競技会では派手な入場曲などの演出が取り入れられ、エンタメ性を高める工夫が目立つようになった。だが、より迫力ある映像を撮ろうとするあまり、選手に近づきすぎて接触したり、レース中の選手の集中力が妨げられたりするケースが増えている。今年9月、34年ぶりに東京で開催される世界陸上を前に、400mハードルで世界陸上2大会で銅メダルを獲得した為末大さん(47)に話を聞いた。





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――2022年の日本選手権男子1万メートルでは、トラックのコーナーの内側から撮影していたカメラクルー2人が、トラックに入ってしまい中継ケーブルが競技中の選手に接触するというアクシデントが起きました。報道・撮影態勢の見直しが進んでいますが、なぜアクシデントは起きたと考えますか。
カメラクルーにとって、ファインダーをのぞくと被写体との距離感がわからなくなって選手に寄っていくというのは多々あるみたいですね。映像としていいものをという思いや、ファンの方の熱心な応援がそうさせるのでしょう。
無防備な状態で走る選手たち
よく考えてみると、マラソンとか駅伝では相当無防備な状態で選手は走っているわけです。進入規制や走路員の配置があるとはいえ、進入しようと思えばできてしまう。「選手に触れない」「邪魔をしない」という相互信頼があって初めて成り立つ競技なのだと思います。それがないと、マラソンもトラックの中でやらざるを得なくなってしまう。もしくは、全長42.195kmのコースに警備を配置したり、アクリル板で仕切ったり。でも、それは現実的ではないですよね。

観客が投げたものが選手に当たった
――為末さんは400mハードルの第一人者として、世界陸上では2001年のエドモントン大会、05年のヘルシンキ大会の2大会で銅メダルを獲得。また五輪は、シドニー、アテネ、北京と3大会連続で出場されています。現役時代、競技中に報道陣や観客と接触するなどの経験はありますか?
私は経験ありません。でも、ヨーロッパ遠征中でしたが、観客が投げたものが選手に当たった場面に遭遇したことは過去にありました。ただ、ヨーロッパの観客の質は高かった。スイス・ローザンヌで開催される大会では競技場と観客席がとても近くて一番端のレーンで走ると、前列の観客が手を伸ばせば選手に触れられるほど。私もそのレーンで走ったことはありましたが、何ごともありませんでした。陸上は紳士的であろうとするスポーツ、それを前提に組み込んだスポーツだと感じてきました。