
「フルタイムで働きながら家族の問題に対処するのはかなり大変で、自分のキャパシティーを超えていました。でもそのときは『誰もが経験していること』と頑張っていたんです。ちょうどコロナの時期に重なって、自分のカウンセリングオフィスの運営の継続、感染防止対策もあり、心身の調子を崩しました。幸い、早い段階で周囲にSOSを発信できたのですが、頭でわかっているはずなのに、自分に厳しかったと気づきました」
このときの経験から、伊藤さんはセルフケアを強化。睡眠時間を確保し、仕事をセーブ。自分の中の「チャイルド」を大事にした。
「スキーマ療法でいう『チャイルドモード』とは、感情が生き生きと動いている状態のことをいいます。いわゆる『インナーチャイルド』とは違います。ビジネスパーソンは感情より理性を重んじますが、感情はとても大切です。チャイルド(感情)の声を聴きながら、現実に対処していくだけでも全然違いますよ」
嫌だと思う仕事や役割をあきらめて受け入れるのでも、拒絶するのでもなく、感情を受けとめたうえで、おこなうこともできる。
感情と理性は対立するものではなく、むしろ協力関係を結ぶこともできるのだ。そのための方法を、本書は1章から7章までの実践ワークとともに、具体的なスキルとして教えてくれる。
最後の8章に登場するのが「セルフ・コンパッション(自分への思いやり)」だ。
「クライアントが回復していく過程には、セルフ・コンパッションが欠かせません。セルフ・コンパッションにはマインドフルネス、自分へのやさしさ、共通の人間性という三つの要素があり、誰でも実践できます。自分にやさしくできる人が増え、社会へと広がっていくことを願っています」
(ライター・矢内裕子)
※AERA 2025年6月30日号
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