
落語家・春風亭一之輔さんが連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今回のお題は「米」。
いま、盛岡へ向かう新幹線の車内でこの原稿を書いている。車窓からは田植えを終えひと月あまり経ち、青々と伸びた苗が並ぶ田んぼが美しい。
田んぼを見ていて腹が減る。苗を見て腹が減るなんて、いま空腹が極まっている。朝から何も食べていないのだ。早く育て、苗たち。一刻も早く稲穂を実らせてくれ。
そんな状況で、隣の席のおじさんが崎陽軒のシウマイ弁当を食べている。おかずを食べ終え、ごはんを半分残して折の蓋を閉めた。炭水化物ダイエットでもしてるのだろうか。もったいない。俵型にスジの入った、真ん中に小梅が鎮座したゴマのかかったシウマイ弁当のごはん。冷たくても美味しいあのごはん。ひと区画でいい。私に譲ってくれないか。
おじさんは折を手にしてデッキへ向かい、それをゴミ箱へ捨てて戻ってきた。「食べる?」と言われてもそりゃ食べやしないが、やっぱりせつない。
「それは買ってないことにしましょう!」
「私は米を買ったことがない」
もうすでに懐かしい失言になりつつある。江藤拓前農水大臣の辞任のきっかけになった名台詞だ。「支援者の方々がくださる」「うちの食品庫には米が売るほどある」などなど。
よほどご機嫌だったのだろうか。その会合ではウケていたのだろうか。もしくはウケさせようと必死だったのか。
地方の独演会でそのことを弄(いじ)ったマクラを喋ってみる。富山の某町では、最前列のお婆さんAが「買わん! 買わん! うちも買ったことがない!」と言う。隣のお婆さんBも「うちもや!」、その隣のお爺さんCも「わしも!」。
ここは私の独演会で決して意見を交換する場ではないのだが、とりとめもなくなり「じゃあ、この会場で買ったことない人!?」と聞くと3割くらいの人が手を挙げた。「年1回くらい、なんかのときに買うっ!」という大声が遠くの方から聞こえたが「それは買ってないことにしましょう!」と手を打った。