●なぜ、40年も行列が途絶えないのか?

 実は、極めて優秀なインターネット通販企業という側面も小ざさにはある――おそらく、吉祥寺「小ざさ」の本質を知らないマーケターなら、そんな分析結果をしたり顔で示すかもしれない。

 けれども、一口、「小ざさ」の幻の羊羹を口にすれば、そんな後付のマーケティング理論など、何の意味もなさないことが明白になるはずだ。

「小ざさ」の羊羹は、圧倒的なのだ。それを口にする人を最大限に幸福にさせる「ハイパーコンテンツ」なのである。これを食べてしまえば、ビジネスモデルは、後からまるで水が合理的な山肌を流れて、川となるように、自然な流れで構築されていったに過ぎないことを思い知るだろう。

 1坪で年間3億円売り上げ、40年間行列が途絶えない「小ざさ」のビジネスの秘密は、決して、そのビジネスモデルにあるわけではない。その「羊羹」と「もなか」の圧倒的な旨さに秘密があるのだ。

 まるで芸術の領域にまで高めた、その創作の秘密は、『1坪の奇跡 』に詳しく描かれている。

「羊羹をつくり続けていると、感動的な喜びを味わえる瞬間があります。
 炭火にかけた銅鍋で羊羹を練っているときに、ほんの一瞬、餡が紫色に輝くのです。
 透明感のある、それはそれは美しい輝きで、小豆の“声”のようにも感じられます」(本書16頁より)

 ヘラを銅鍋の中で動かす時に、「半紙一枚分の厚さを残す」という境地。それこそが、アップルやティファニーを凌いだ、吉祥寺「小ざさ」の強さの秘密なのだ。

●今こそ、小ざさに学ぶべきもの

 我々は商売において、マーケティングやビジネスモデルを優先しがちだが、実際のビジネスとは、マーケティングだけでは成り立たない。

 マーケティングを極めようと思えば、やはり、コンテンツ主義に帰結すべきなのではないだろうか。

 特に今年は映画界でそれが証明されている。

 前評判のあまり芳しくなかった庵野秀明総監督の『シン・ゴジラ』は、圧倒的なコンテンツ力で、SNSやオウンドメディアを中心に拡散されて大ヒットした。

 その勢いが衰えない時期に公開された新海誠監督の『君の名は。』は、興行収入が200億円を突破した。これも元々は東宝にとってのエースではなかったので、封切り直後は、上映館数も多くはなかった。

 けれども、コンテンツの力によって、口コミで上映館数が広がり、大ヒットとなった

 SNSやオウンドメディアが強い、つまりは、個々人の消費者が大きな発言権を持つようになった現代こそ、我々は、吉祥寺「小ざさ」に多くを学ぶべきなのかもしれない。

 逆説的に言うと、我々、サービスや商品の提供者は、コンテンツの制作・製造に集中し、良いコンテンツさせ生み出せば、消費者がヒットさせてくれるという、創る人優位の時代に突入したと言えるかもしれない。

 もし、ビジネスで何かに迷ったら、始発で吉祥寺に出かけて、ダイヤ街の行列に並んでみるのもいいだろう。

 40年以上途絶えたことのない行列に並ぶとき、そして、幻の羊羹を口にしたとき、きっとあなたはマーケティングの本質を理解することだろう。

 僕も天狼院書店の経営者として、そして、実際に本をつくる人間として、改めて、コンテンツ主義を実践して行こうと考えている。

 ビジネスモデルは、結果論にすぎない。学術のためではなく、実際にビジネスをするのなら、コンテンツ主義こそが、最良のマーケティングだろうと思うのだ。

(終わり)

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