
残留孤児の帰国で手紙の中国語読めず地方紙で覚えた単語
日本と中国は1年余り前に平和友好条約を結び、残留孤児問題が浮上していた。残留孤児は、第2次大戦の終戦までに中国へ渡った日本人の子どもが、親を亡くし、あるいははぐれて、帰国がかなわず残された人のことだ。その帰国の希望を手紙で確認し、手配する仕事を手伝う。だが、漢字には日中で共通点もあるのに、思いがこもって字を崩した手紙が多く、読めない。
中国語の力不足を痛感し、主要都市からくる地方紙で日本関連の記事を読み、覚えた中国語の単語帳をつくって持ち歩く。そんななか北京空港へいったとき、全日空のチャーター機が目に入る。思わず「これに乗ったら、そのまま鹿児島へいける」という錯覚に陥り、全日空=国際線というイメージが生まれる。
北京から帰国して復学し、82年4月に全日空へ入社。面接で国際業務を希望したが、配属先は羽田空港のチェックインカウンターだ。でも、乗客の空の旅への思いに触れる「現場」は楽しくて、2年目に念願の国際部へ異動した際にも「もう少しいたい」と思うほどだった。
2013年4月にアジア戦略部長に就き、傘下のLCCと呼ぶ格安航空会社の拠点や路線を見直した。そのとき、奄美大島へ届く地方紙で「政府が交通インフラを拡充する会社に交付金を出す」という記事をみつける。2週間後、役員会に交付金を活用したLCCの成田〜奄美大島線の新設案を出し、認められた。故郷への就航に「我田引空」との皮肉も出たが、1年で10万人を運び、胸を張る。
2022年4月、ANAホールディングス社長に就任。内定会見で、前任の片野坂真哉・現会長が後継者とした理由の第一に「とにかく胆が据わっている。『大丈夫だよ』が口癖で、あまり大丈夫とは思えない空気のときに『いけますよ』と言える根拠のある貫禄がある」と言ってくれた。確かに、コロナ禍でも「大丈夫だよ」と言い続けた。『源流』からの流れには、いまや安定感も加わっている。(ジャーナリスト・街風隆雄)
※AERA 2025年6月9日号
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